セ。モルグ街に住んでいる。スペイン生れで、家へ入った者の一人であった。階上へは上がらなかった。神経質なので、興奮の影響を気づかったのである。争う声を聞いた。荒々しい声はフランス人の声であった。なんと言ったのか聞きとれなかった。鋭い声のほうはイギリス人の声であった、――これは確かだ。英語はわからないが、音の抑揚でそうと判断する。
菓子製造人、アルベルト・モンターニの証言。最初に階段をのぼったなかの一人であった。例の声を聞いた。荒々しい声はフランス人の声であった。いくらか聞きとれた。声の主はたしなめているようだった。鋭い声の言葉はわからなかった。早くて乱れた調子でしゃべっていた。ロシア人の声だと思う。一同の証言を確証する。この証人はイタリア人で、ロシア人と話したことはない。
再び呼び出された数人の証言したところによれば四階のあらゆる部屋の煙突は、せまくて人間は通れない。『煙突掃除器』というのは、煙突掃除人たちの使うような円筒形の掃除ブラッシのことである。このブラッシを家じゅうのあらゆる煙穴《けむあな》に上げ下げした。一同が階段をのぼってゆくあいだに、人の降りて行けるような通り路は、裏には一つもない。レスパネエ嬢の体は、四、五人が力を合わせなければ引き下ろすことができなかったほど、煙突のなかに強く押しこんであった。
医師、ポール・デュマの証言。夜明けごろ死体を検視するために呼ばれて行った。そのとき死体は二つとも、レスパネエ嬢の見つかった室の寝台の麻布の上に横たわっていた。若い婦人の死体はひどい打撲傷と擦り傷がついていた。煙突のなかへ突き上げられたために、そんなふうになったものにちがいない。咽喉はひどく擦りむけていた。頤《おとがい》のすぐ下にはいくつかの深い掻き傷があって、明らかに指の痕である鉛色の斑点《はんてん》が一続きに並んでいた。顔面はもの凄《すご》く変色し、眼球は突き出ていた。舌は一部分|噛《か》み切られていた。鳩尾《みぞおち》に、膝《ひざ》を押しつけたためにできたらしい大きな打撲傷が発見された。デュマ氏の鑑定によれば、レスパネエ嬢は誰か一人あるいは数人によって絞殺されたのである。母のほうの死体はおそろしく切りさいなまれていた。右の脚と腕との骨はどれも多少とも砕かれていた。左の脛骨《けいこつ》と左側の全|肋骨《ろっこつ》はひどく折れていた。全身がおそろしく傷つ
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