}いで僕たちとすれちがって、歩道を修繕しているところに集めてあった舗石の積山の上に君を押しやった。君はそのばらばらの石ころを踏んで、すべり、踝《くるぶし》をちょっと挫《くじ》いたので、むかっとした不機嫌な様子で、ぶつぶつ言って、積んである石を振り向いて見たが、あとは黙って歩きだした。僕はなにも君のすることにとくに注意していたんじゃない。が、近ごろ、どうも観察ということがせずにはいられなくなっているんでね。
 君はずっと地面に眼を落していた、――むっとした表情をしたまま、舗石の穴や轍《わだち》をちらりちらりと眺めながらね(だから君がまだ石のことを考えていることが僕にはわかったんだ)。そのうちに僕たちはあのラマルティーヌという小路へやって来た。そこには、重ねて目釘《めくぎ》を打った切石が試験的に敷いてあるのだ。ここへ来ると君の顔は晴れやかになった。そして君の唇が動いたので、きっと『截石法《ステリオトミー》』という言葉を呟《つぶや》いたのだなと僕は思った。これはこういった舗石にひどく気取って用いられる語だからね。君が『截石法《ステリオトミー》』と呟けばかならず原子《アトミー》のことを考え、ついでにエピキュロスの学説を考えるようになることを、僕は知っていた。そして、ついこのあいだ僕たちがこの学説について論じ合ったとき、僕が、この高貴なギリシャ人の漠然とした推測が、なんと奇妙にも、まあほとんど世人に注意されなかったが、近世の星雲宇宙|開闢《かいびゃく》論によって確かめられた、ということを君に話したから、君がきっとオリオン星座の大星雲を見上げるだろうと思って、予期していたんだ。すると、はたして君は見上げた。で、僕は、自分が今まで君の考えにちゃんと正しくついてきたことを確信したのだ。ところできのうの『ミュゼエ』に出たシャンティリに対する辛辣《しんらつ》な悪口のなかで、その風刺家は、靴直しが悲劇を演ずるために名前を変えたことを皮肉にあてつけて、僕たちがよく話していたラテン語の詩句を引用した。というのは、あの
[#天から2字下げ][#ここから横組み]“Perdidit antiquum litera prima sonum.”[#ここで横組み終わり](初めの文字は昔の音を失えり)
という詩句のことさ。これはもとウリオンと書いたのをいまではオリオンとなっていることを言ったものだと話した
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