して互いに衝突するためにほかならず、海水はその岩石暗礁にせきとめられて瀑布のごとく急下す、かくて潮の上ること高ければその落下はますます深かるべく、これらの当然の結果として旋渦《せんか》すなわち渦巻を生じ、その巨大なる吸引力はより小なる実験によりても十分知るを得べし」というのである。以上は『大英百科全書《エンサイクロピーディア・ブリタニカ》』のしるすところである。キルヘル(8)やその他の人々は、メールストロムの海峡の中心には、地球を貫いてどこか非常に遠いところ――以前はボスニア湾(9)がかなり断定的に挙げられた――へ出ている深淵がある、と想像している。この意見は、本来はなんの根拠もないものではあるが、目《ま》のあたり眺めたときには私の想像力がすぐなるほどと思ったものであった。そしてそれを案内者に話すと、彼は、このことはノルウェー人のほとんどみながいだいている見方ではあるが、自分はそう思っていないといったので、私はちょっと意外に思った。しかし、この見方については、彼は自分の力では理解することができないということを告白したが、その点では私はまったく同感であった。――なぜなら、理論上ではどんなに決定的なものであっても、この深淵の雷のような轟《とどろ》きのなかにあっては、それはまったく不可解なばかげたものとさえなってしまうからである。
「もう渦巻は十分ご覧になったでしょう」と老人は言った。「そこでこの岩をまわって風のあたらぬ陰へ行き、水の轟きの弱くなるところで、話をしましょう。それをお聞きになれば、私がモスケー・ストロムについていくらかは知っているはずだということがおわかりになるでしょう」
老人の言った所へ行くと、彼は話しはじめた。
「私と二人の兄弟とはもと、七十トン積みばかりのスクーナー帆式の漁船を一|艘《そう》持っていて、それでいつもモスケーの向うの、ヴァルーに近い島々のあいだで、漁をすることにしておりました。すべて海でひどい渦を巻いているところは、やってみる元気さえあるなら、時機のよいときにはなかなかいい漁があるものです。が、ロフォーデンの漁師全体のなかで私ども三人だけが、いま申し上げたようにその島々へ出かけてゆくのを決った仕事にしていた者なのでした。普通の漁場はそれからずっと南の方へ下ったところです。そこではいつでも大した危険もなく魚がとれるので、誰でもその場所の方へ行きます。だが、この岩のあいだのえりぬきの場所は、上等な種類の魚がとれるばかりではなく、数もずっとたくさんなので、私どもはよく、同じ商売の臆病《おくびょう》な連中が一週間かかってもかき集めることのできないくらいの魚を、たった一日でとったものでした。実際、私どもは命がけの投機《やま》仕事をしていたので――骨を折るかわりに命を賭《か》け、勇気を資本《もとで》にしていた、というわけですね。
私どもは船を、ここから海岸に沿うて五マイルほど上《かみ》へ行ったところの入江に繋《つな》いでおきました。そして天気のよい日に十五分間の滞潮《よどみ》を利用して、モスケー・ストロムの本海峡を横ぎって淵《ふち》のずっと上手につき進み、渦流《うず》がよそほどはげしくないオッテルホルムやサンドフレーゼンの近くへ下って行って、錨《いかり》を下ろすことにしていました。そこでいつも次の滞潮《よどみ》に近いころまでいて、それから錨を揚げて帰りました。行くにも帰るにも確かな横風がないと決して出かけませんでした、――着くまでは大丈夫やまないと思えるようなやつですね、――そしてこの点では、私どもはめったに見込み違いをしたことはありませんでした。六年間に二度、まったくの無風のために、一晩じゅう錨を下ろしたままでいなければならないことがありました。がそんなことはこの辺ではまったく稀《まれ》なことなのです。それから一度は、私どもが漁場へ着いて間もなく疾風《はやて》が吹き起って、帰ることなどは思いもよらないくらいに海峡がひどく大荒れになったために、一週間近くも漁場に留《とど》まっていなければならなくて、餓死《うえじに》しようとしたことがありました。あのときは、もし私どもがあの無数の逆潮流――今日はここにあるかと思うと明日はなくなっているあの逆潮流――の一つのなかへうまく流れこまなかったとしたら、(なにしろ渦巻が猛烈に荒れて船がぐるぐるまわされるので、とうとう錨をもつらせてそれを引きずったような有様でしたから)どんなに手をつくしても沖へ押しながされてしまったでしょうが、その逆潮流が私どもをフリーメンの風下《かざしも》の方へ押し流し、そこで運よく投錨《とうびょう》することができたのでした。
私どもが『漁場で』遭った難儀は、その二十分の一もお話しできません、――なにしろそこは、天気のよいときでもいやな場所なんです、
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