り、外の雪は容赦なく吹き込んでくる。寒さにたえられぬ。僕は外套でしっかりとからだを包んで坐っていた。足の先が切れるかと思うほど冷かった。
 その吹雪の中を馬車が鱒沢を出て小一里も来たろう。路傍に並木のあるのが見えるところで止った。すると後の馬車から誰かが降りたらしく、
「お休みなんし!」と言って黒影がちらと見えたと思ったら、どこかに消えてしまった。
僕は何だか不思議なものを見るような気がした。
 それからまた一走り、遠野の町にはいると、さすがにどことなく明るい。で今、途中で聞いた遠野で一番だと言う宿屋の高善《たかぜん》と言うのに着いたところだ。何はとも角、今夜は、眠れるんだ。もっと書きたいが、これで御免を蒙る。さよなら。遠野にて、M生。

   言葉が通じない

 あの翌日、起きるとS君の家を訪ねた。で、すぐそこに移る事にした。S君の家は、宿屋のある町通りから、少し横にはいったところ。
 まあ、君にいろいろ報せたいことはあるが、何より第一僕は困ったよ。と言うのはね、あの次の日にS君の家に行くと、S君の阿母《おっか》さんが出てこられたから「このたびは御厄介になります」と言って挨拶をしたんだね。先方でも何か言われたようだが、僕には何と言われたのかよく分らないんだ。先方でも僕の言葉が通じなかったと見えて、変な顔をしておられるのさ。妙だったね。それから、気を付けて聞いて見るんだがここの言葉はいかにも分らない。
 それから、実に寒い。まだどこを見ても雪ばかりだ。目が痛いようだ。僕どうしたのか、顔面神経痛にかかったらしい。右の半面が痛んでならない。やはり寒いせいだろう。
 いずれ又二三日中に書く。出立は十二日くらい。六日昼、遠野S君方。M生。



底本:「遠野へ」葉舟会
   1987(昭和62)年4月25日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2004年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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