出すような声をして、
「いや、私はたまらなくなるから吹くのです。しかし吹くとなおたまらなくなってしまう。故郷《くに》の景色が目に見えるようで……」と言って、堅く口をつぐんでしまった。
「そんなことをこの薄暗い室の中で思っているとなおひどくなるから、外に出て見よう。そして気でもまぎらし給え。」
と言うと、荻原はむっつりして、やはり沈んでいたが、私が促すのでいきおいのなさそうに立ち上ってそれから神楽坂《かぐらざか》の通りの方に出た。
曇って、雲が低く、空は真暗だ。町の中をときどき、砂を巻き上げて、風が吹いて通る。しかし、その位なことで賑やかな神楽坂の通りは、燈火《あかり》一つ少くなりはしない。夕方帰りの人や、買物の人や、まだひどく寒くはないから気楽な散歩の人もちらほら見受けられる。
両側の店の燈火はまだまだ、淋しいなどという心持ちは少しもない。
近所の寄席では、楽隊が上調子な譜《ふ》をやっている。……私達はそこの角までくると、なんと思ったか、荻原は往来の角に突っ立って、黙って町の賑やかさを眺めている。私は横から、
「おい!」
と声を掛けたが、荻原は返事もしないで、やはり突っ立っている。
それを見ると、私はひどく感に打たれた。丈の高い、茫とした、この賑やかな、はしゃいだ調子とは、まるで心臓の鼓動が調和しない男が、悲しそうな顔、むしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]した顔をして傍観している。
傍観者! 不調和!――この言葉だけでも悲しむべき運命の暗示がある。
三
その年の十二月半ばころ、私はやっと道が開けてA新聞の記者に採用された。それでいろいろな便宜上、もう一つは、もうドライな下宿生活には、心底、おぞげをふるって、いやになったので、麹町の方に小さな一軒を借りることにして、引き移った。
すると、荻原は始終私の家へ入り浸りに来ていた。ところが或る晩、新聞社から帰って見ると、相変らず、留守の婆やをつかまえて、話し込んでいるから、
「今日も相変らずだね。」
と言うと、
「や、急がしいのですか。」
と言って臆病らしい目付きをする。
「いそがしいさ、君も働かなくっちゃいけないよ。」私は何気なく言ったのだが、荻原は何かひどく、気に触わったと見えて、急に帰ってしまった。
それからぱったり来なくなった。こっちも仕事に逐《お》われて、いつの間にか一と月
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