顔は、曾《かつ》て一度も見たことのない顔である。また、これとは変《かわ》って、毎晩、恐ろしい男の顔を見る友人があった。その友人は、遂《つい》に辛棒《しんぼう》仕切れなくなって、夜になると、友人の下宿へ行って寝た。
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鹿児島の高等学校に行っておる自分の従弟が先日来ての話である。
夜中にその室の襖が開く、そうすると次の室が見え透く。不思議に思って翌朝その事を次の室の友人に話すと、那※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《そんな》ことは知らぬという。その翌晩には友人がその室に寝たら、矢張《やはり》前夜の通り、襖が開いてその次の室が見え透いた。そこで、その翌晩は二人がその室に寝たら、一人は矢張《やはり》前晩の通り見たが、一人は非常に魘《うな》された。
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熊谷《くまがい》のさる豪農に某という息子があったが、医者になりたいという志願であったから、鴻《こう》の巣《す》の某家に養子に与《や》った。医師の免状も取って、業《ぎょう》も開き、年頃の娘を持つくらいの年になってから、重症に罹《かか》って、永《ながら》く病床に呻吟《しんぎん》した。
その養父というのが、仲々《なかなか》の飲酒家《のんだくれ》で、固《もと》より資産の有る方ではないから、始終家産は左向《ひだりむき》であった。熊谷ではもしも養父が亡くなったら、相当な資産は与《や》るといっていた。某もそれを楽《たのし》みにしていたのである。
或る日のこと、熊谷の家、鴻の巣で寝ている筈《はず》の某が訪ねて来た。女の衣服《きもの》の上へ法衣《ころも》を被《き》ていた。まことに異装であった。でも別に訝《いぶ》かることもなく、色々と話を交《まじ》えた。それから、先《ま》ず寝転んで休むが宜《い》いと隣の間《ま》へ導いて、二度目に行ったら最早《もう》見えなかった。で、聞き合わせてみようと思っていると死去の電報が来た。なお通夜の晩の話を聞いてみると、某は、生前懇意にしていた尼僧の許《もと》へも行っていた。時刻は、熊谷の実家を訪《と》うたのより、少し前であった。尼僧に御無沙汰挨拶をして、それから、法衣《ころも》を借してくれと云った。尼僧も別に怪しいと思わず貸して与《や》ったら、女衣服《おんなぎ》の上にそれを着て出て行った。少し時間を経《へ》た時分に、用事を済ませて来た、
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