に帰ってくると、小さい男が火鉢の前にチャンと坐っている。自分がはいってくるのを見ると、ちょっと頭を下げた。その目つきが先ず自分に反感を起こさせた。赤黒い犬のような顔で眉の太い、二皮の瞼の下から悪ごすく光った目で人をねらうように見る。
自分が火鉢の傍に坐わると、首をひょっと突き出して、
「何か用ですか?」と言って、人をしゃくるような顔をしている。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが……」と言ったが、自分はそのあとを聞く気がなくなった。で、手提げの中から、鏡を出し、櫛や、ブラシを出して、いま洗って来た髪に櫛を入れながら、黙っていた。しばらくして、
「中学の先生で、吉井って人がいるか? 分らないかね。」と聞くと、
「え、おいでです。ですが、たしかどこかに行って留守かもしれません。いま下で聞いて見ましょう。家によくおいでになります。」と、早口に一句ずつ句切って言ったが、そのまま、じっと坐ったなりに自分の髪を整えるのを見ている。
その時に自分は香油の壜を出して、油を手の平に移して髪につけた。嗅ぎ馴れた香だが、心持ちのいい香が、身の廻りに漂った。――このボケーの香のする香油を髪につけるのは自分には長いあいだの習慣だ。柔かなボケーの香はもう自分の香のように親しい。
で、髪をチャンと分けると、自分は立って、道具一切を床の間の、違い棚の上に置いた。そして元の座に帰えると、その男は坐ったまま一心に自分を見ていた。
その男は物珍らしそうにじっと自分の顔を見ていた。自分は、それが嫌でたまらなく思えたので、露わに眉を曇らして見せた。そして、火鉢の傍にあった茶盆を引き寄せて茶を入れて飲みながら、
「じゃ、早く聞いて来て貰おう。」追いやるように言った。すると、
「へえ、」と、相図のように頭を下げたが、まだ立とうともせず、手を伸ばして茶盆の中に伏せてある茶碗を起こして、自分がついだ茶の残りをついだ。それを平気な顔をして一口飲むとそそくさと立って行った。自分はそのあとで舌打ちをした。
しばらくすると、朝飯の膳が運ばれて、自分が箸をとっていると、その男がまた入って来た。そして咳を一つして火鉢の向こうに坐った。自分はチラと振り返えったが、黙って食事をしていた。
その男も黙って自分を見ていた。やがて、自分が食事をすませて、からだを振り向けると自分を見ていた目をつっと天井に反らせた。自分はからだ
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