だいに下って行くと、やがて道が真西に向いた。石を切り開いたところに出てかなたを見ると、今赤く日が落ちようとしている。空気が乾燥しているので、真赤に燃えているような日の光をしている。と、馭者はラッパを吹き立てて駆け出した。あとの馬車も、六人の人を乗せて駆けてきた。やがて小さな村にはいった。
ここで馬を取り返えると言って、客は皆おろされた。ここは山のあいだから出て平地を望むようなところだ。広い平野が裾野を見るように一目の中に見える。それを見て立っているうちに、日はその平地の先きの方の山に沈んで行った。
黄昏《たそがれ》は迫って来た。私は今朝から長い道のあいだを思い返していると、遙かな遙かな山の中から出て来たようだ。そして一|刻《こく》ずつに昏《くら》くなって行くその平地を見ていると、心に来てなにかものを言うものがあるようだ。
「お前!」と言ってくれるものが……。
私はからだをまわして見た。客の人達は黒く一団になって、薄闇の中に立っている。二つ三つ煙草の火が赤く見える。
「どちらまでおいででした?」と私のところに歩き寄って来て例の僧が言った。
「遠野まで行きました。」と私は答えた。
「何か御用事でも。」
「いいえ、友人に会いに来ました。」
「へえ?」としばらく私の顔をじろじろ見ていたが、
「御職業は?」と無遠慮に聞いた。
「学生です。」と私はすげなく答えた。
すると、その僧は鼻であしらうような素振りをして、くるっと傍を向いてしまった。私は一歩退いた。そして当てもなく野の方を見た。
私は人間が嫌いになった。
底本:「遠野へ」葉舟会
1987(昭和62)年4月25日発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2004年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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