い》の男とが乗っていた。私が入るとつづいて毛糸の襟巻をした若い男がはいって来て入口の戸を閉めた。
 やがて馭者がてんでに馭者台の上に座を占めると、二台の馬車がつづいて駆け出した。軒の低いくすぶった町並がどこまでもつづく。板で囲って穴を作っているような、薄暗い花巻の町が。
 私の馬車の方は、寒いのに垂幕が巻き上げてあった。馬車が町を駆けぬけると、目にひろびろとした雪の野が見えた。その中に、鉛のような色をして北上川が遙々と流れている。
 川の堤に出ると、上の方に長い舟橋が見えた。それに近づくと、「さ、降りねば……」と、奥に坐っていた老人がからだを振り向けて、車の中を一|順《じゅん》見た。
 馬車が橋のたもとで止ったので、私は一番に降りて、堤の上から、川の流れを見下ろした。大きい緩い水の流れが、広い平野の中に横わっている。寒い痛いような、風がそっと水面を渡って顔を吹いた。
 私は四辺《あたり》を見廻わして、自分がいま、ここに……この寒い国の大きい川の岸で広い雪の野を見ながら、こうして立っているのが実に思いがけないことのように思われた……。私は冬でも雪が積ったことのない国に永らく育てられたのだ。
 どやどや降りて来た、車の中の人にまじって、そのまま一人で橋を渡った。
 中途まで来て振り返って見ると、一間ばかり後のところに同じ車の老人がくる。私は歩みを止めて老人が追いついてくるのを待った。一緒に並ぶと、しばらく無言で歩いていた。
すると、
「どこまでおいでです?」と老人らしい調子で先方から口を切った。
「遠野までです。」私は待っていたように答えた。老人は歩きながら、改めて私を見返した。私はなお何か話そうと思ったが、心が重くって次の言葉が出なんだ。
 向いの岸に着いて馬車のくるのを待っていると、そこへ二台の馬車に乗っている人達がしだいに集まって来た。前の車に乗っていた娘は二人だった。色の赭黒い血肥りのした丈の短い……一人の方は頬に火傷《やけど》の痕《あと》があった。その娘達のうしろにその爺《おやじ》かと思われる鼠色の古びた帽子をかぶって顔も着物もぼやけたような四十五六の男が一人歩いて来た。
 その人達が思い思いに河岸に立って、馬車のくるのを待っていた。やがて、馬車はゴトリ、ゴトリと橋板の上に音をさせて近づいて来た。
 すると、前に来た馬車の中から、一人の男が顔を出していた。垂幕
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