が左方ずっと離れたところにある窓の高さまで行きつくと、それから先は進めなかった。せいぜいできることは、身を伸ばして部屋のなかをちらりと覗《のぞ》くことだけだった。そうして覗くと、彼はあまりの怖ろしさに、つかまっている手を危うく放しそうになった。モルグ街の住民の夢を破ったあの恐ろしい悲鳴が夜の静寂のなかに響きわたったのは、このときのことであった。寝衣《ねまき》を着たレスパネエ夫人と娘とは、部屋の真ん中に引き出してある、前に述べたあの鉄の箱のなかのなにかの書類を整理していたらしい。それはあけてあって、なかの物はその側の床の上に置いてあった。被害者たちは窓の方へ背を向けて坐っていたにちがいない。そして猩々の入りこんだのと、悲鳴のしたのとのあいだに経過した時間から考えると、すぐには猩々に気がつかなかったらしい。鎧戸のばたばたした音はきっと風の音だと思われたのであろう。
 水夫が覗きこんだとき、その巨大な動物はレスパネエ夫人の髪の毛(ちょうど梳《す》いていたので解いてあった)をつかんで、床屋の手ぶりをまねて、彼女の顔のあたりに剃刀を振りまわしていた。娘は倒れていて身動きもしない。気絶していたのだ
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