意味する。この上手というのは、正当な利益をもたらすすべて[#「すべて」に傍点]のつぼ[#「つぼ」に傍点]を、それぞれちゃんと知り抜いているといった、技《わざ》の完全な精通を意味するのである。これらのつぼ[#「つぼ」に傍点]は多種多様で、しかも多くの場合、普通の理解力ではぜんぜん近づきがたい思考の奥深くに隠れているのだ。注意深く観察するということは明瞭に記憶することであって、そこまでなら集中力の優れたチェスの棋客もホイストを十分うまくやるだろうし、またホイルの法則だって(それがゲームの単なるメカニズムに基づいたものである以上)誰にでも十分に理解できるものなのだ。だから、よい記憶で、「方式」どおりにやるということが、うまく勝負をする秘訣《ひけつ》だと一般に考えられている点である。ところが、分析家の腕の見せどころは、単なる法則の限界を越えたところにあるのだ。彼は黙っていながら多くの観察や推理をする。また、たぶん彼の仲間もそうする。それで、そうして得られた知識の範囲の違いは、推理の正しさよりも観察の質にあるのだ。必要な知識は、なに[#「なに」に傍点]を観察すべきかを知ることなのである。わが分析的競技者は決して自分だけの中に閉じこもることをしないし、またゲームが目的だからといって、ゲーム以外のものごとからの推定を拒んだりはしない。彼はまず味方の顔つきをよく見てから、それを敵方の一人一人の顔つきと念入りに比較する。一人一人の手にある骨牌《かるた》の揃《そろ》え方を考え、ときどき持主が一枚一枚を眺める眼つきから、一つ一つの切札や絵札を数える。彼は競技の進行中ずっと、顔のあらゆる変化に注意し、確信や、驚きや、勝利や、口惜《くや》しさなどの表情の違いから、思惟《しい》の材料を集める。うち出された札を集める様子から、その人がその組でもう一度やれるかどうかを判断する。テーブルの上に札を投げ出す態度から、いかさまの手などはすぐ見破ってしまう。ひょいと、うっかりしゃべったひと言、どうかして札を落したり、表を見せたりして、あわてて引っこめたり、平気でいたりする態度、または、札を数えることや、それを並べる様子、当惑したり、ためらったり、あせったり、あわてたり――といったすべてのことは、見たところ直覚のような彼の知覚能力に、ちゃんとことの真相を示しているのである。だから、初めの二、三回がすむと、彼は一人一人の手にある札をすっかり知ってしまい、あとは、まるで他の連中が持札の全部をさらしてでもいるみたいに、絶対的な確信をもって自分の札を切り出すのである。
分析力と、単なる工夫力とを、混同してはならない。なぜなら、分析家は工夫がうまいと決っているが、工夫のうまい人でも恐ろしく分析力のない人がときどきあるからである。この工夫力が普通あらわれるのは、構成力とか結合力によってであって、骨相学者たちはこの力を本源的能力と想像して別の器官をこれに割当てている(これは誤っていると私は信ずる)のであるが、この力は他の点ではまるで白痴に近い知力をもつ人々に実にしばしは見られるので、いままでにも倫理学者の間に広く注意をひいたくらいである。工夫力と分析力のあいだには、非常によく似通った性質のものではあるが、空想と想像のあいだの相違よりも、実にもっと大きな相違があるのである。
これから語す物語は、いままで語った命題の注釈のように、読者諸君には見えるであろう。
一八――年の春から夏にかけてパリに住んでいたとき、私はC・オーギュスト・デュパン氏という人と知合いになった。この若い紳士は良家の――実際に名家の出であったがいろいろ不運な出来事のために貧乏になり、そのために気力もくじけて、世間に出て活動したり、財産を挽回《ばんかい》しようとする元気もなくしてしまった。それでも、債権者たちの好意で、親ゆずりの財産の残りがまだ少しあったので、それから上がる収入でひどい節約をしながらどうかこうか生活の必需品を手に入れ、余分なもののことなど思いもしなかった。唯一の贅沢《ぜいたく》といえは、実に書物だけで、これはパリでたやすく手に入った。
我々が初めて会ったのはモンマルトル街の名もない図書館で、そこで二人が偶然にも同じたいへん貴重な稀覯書《きこうしょ》を捜していたことから、いっそう親しくなったのであった。二人はたびたび会った。フランス人が自分のことを語るときにはいつも示すあの率直さで、彼が、詳しく話してくれた彼一家の小歴史は、非常に面白かった。私はまた、彼の読書の範囲のたいそう広いのに驚いた。そしてことに彼の想像力の奔放なはげしさと溌剌《はつらつ》たる清新さとは、私の魂を燃え立たせるように感じた。そのころ、私は求めるものがあってパリで捜していた。で、こういう人と交わることはなににもまさる宝であろう
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