位置にありながら、まったく平らな面にいると同じように、手がかりや足がかりを保っているのがむずかしくないことに、気がつかずにはいられませんでした。これは船の回転している速さのためであったろうと思います。
月の光は深い渦巻の底までも射しているようでした。しかしそれでも、そこのあらゆるものを立ちこめている濃い霧のために、なにもはっきりと見分けることができませんでした。その霧の上には、マホメット教徒が現世から永劫《えいごう》の国へゆく唯一《ゆいいつ》の通路だという、あのせまいゆらゆらする橋(14[#「14」は縦中横])のような、壮麗な虹《にじ》がかかっていました。この霧あるいは飛沫は、疑いもなく漏斗の大きな水壁が底で合って互いに衝突するために生ずるものでした。――がその霧のなかから天に向って湧き上がる大叫喚は、お話ししようとしたって、とてもできるものではありません。
上の方の泡の帯のところから最初に深淵のなかへすべりこんだときは、斜面をよほど下の方へ降りましたが、それからのちはその割合では降りてゆきませんでした。ぐるぐるまわりながら船は走ります、――が一様な速さではなく――目まぐるしく揺れたり跳び上がったりして、あるときはたった二、三百ヤード――またあるときは渦巻の周囲をほとんど完全に一周したりします。一回転ごとに船が下に降りてゆくのは、急ではありませんでしたが、はっきりと感じられました。
こうして船の運ばれてゆくこの広々とした流れる黒檀の上で、自分のまわりを見渡していますと、渦に巻きこまれるのが私どもの船だけではないことに気がつきました。上の方にも下の方にも、船の破片や、建築用材の大きな塊や、樹木の幹や、そのほか家具の砕片や、こわれた箱や、樽や、桶板《おけいた》などの小さなものが、たくさん見えるのです。私は前に、不自然なくらいの好奇心が最初の恐怖の念にとってかわっていたことを申しましたね。その好奇心は恐ろしい破滅にだんだんに近づくにつれて、いよいよ増してくるのです。私は奇妙な関心をもって、私どもと仲間になって流れている無数のものを見まもりはじめました。どうも気が変になっていたにちがいありません[#「ちがいありません」に傍点]、――そのいろいろのものが下の泡の方へ降りてゆく速さを比較することに興味[#「興味」に傍点]を求めさえしていたのですから。ふと気がつくとあるときはこんなことを言っているのです。『きっとあの樅《もみ》の木が今度、あの恐ろしい底へ跳びこんで見えなくなるだろうな』――ところが、オランダ商船の難破したのがそれを追い越して先に沈んでしまったので、がっかりしました。このような種類の推測を何べんもやり、そしてみんな間違ったあげく、この事実――私がかならず見込み違いをしたというその事実――が私にある一つながりの考えを思いつかせ、そのために手足はふたたびぶるぶる震え、心臓はもう一度どきんどきんと強く打ちました。
このように私の心を動かしたのは新たな恐怖ではなくて前よりもいっそう心を奮いたたせる希望[#「希望」に傍点]の光が射してきたことなのです。この希望は、一部分は過去の記憶から、また一部分は現在の観察から、生れてきたのでした。私は、モスケー・ストロムに呑みこまれ、それからまた投げ出されてロフォーデンの海岸に撒《ま》き散らされた、いろいろな漂流物を思い浮べました。そのなかの大部分のものは、実にひどく打ち砕かれていました、――刺《とげ》がいっぱいにつきたっているように見えるくらい、擦《す》りむかれてざらざらになっていました、――が私はまた、そのなかには少しもいたんでいないものも[#「ものも」に傍点]あったことを、はっきり思い出しました。そこでこの相違は、ざらざらになった破片だけが完全に呑みこまれたもの[#「完全に呑みこまれたもの」に傍点]であり、その他のものは潮時を大分遅れて渦巻に入ったか、あるいはなにかの理由で入ってからゆっくりと降りたために、底にまで達しないうちに満潮あるいは干潮の変り目が来てしまったのだ、と思うよりほかに説明ができませんでした。どちらにしろ、これらのものが早い時刻に巻きこまれたり、あるいは急速に吸いこまれたりしたものの運命に遭わずに、こうしてふたたび大洋の表面に巻き上げられることはありそうだ、と考えました。私はまた三つの重要な観察をしました。第一は、一般に物体が大きければ大きいほど、下へ降りる速さが速いこと、――第二は、球形のものとその他の形の[#「その他の形の」に傍点]ものとでは、同じ大きさでも、下降の速さは球形のものが大であること、第三は、円筒形のものとその他の形のものとでは、同じ大きさでも、円筒形がずっと遅く吸いこまれてゆくということです。私は助かってから、このことについて、この地方の学校の年寄り
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