、兼ねて、
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わかるれど、あひも惜しまぬもゝしきを、見ざらむことの なにか悲しき(伊勢)
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が、其大きな導きになつてゐることゝ、推察してもいゝやうだ。
併し又、一方「死馬の骨を買ひし者あるを聞かずや」といきり立つた清少納言と同様「我も昔は」とも言ふべき形を、含んでゐるとも見える。尚其外にも、棄老民譚の王朝の一形式とも言ふべき、蟻通し明神(枕冊子)風の「老いの智慧」の要素をも持つてゐる。「月には上る、長安百尺の楼」と訓じ聞かせた大江朝綱の家の姥(今昔物語・江談抄)などの流も、引いて居る様子である。
武家が都に入りまじる様になつた王朝末に、殊に目について来たのは「賤《シヅ》のみやび」に関する様々の物語であるが、此が此小町の物語には、融合して居る。併し、其で此物語の出来た時代をきめる事は出来ぬ。唯其何々院と、大局に関係のない年代づけをしたがるのは、口の上の物語よりも、筆拍子に乗つて出来た物語だからでもあるが、要するに、此物語の出来た時代の影響を、脱することの出来ぬのを示してゐる。
桜町中納言は、泰山府君の桜の命乞ひをした物語も残した人で、謡曲にも、其形が見える。此物語は、鎮花祭及び念仏踊りの系統に属する詞章出なのである。さすれば、桜町に住んだ陰陽師の徒の語り物であつたのが、主人公を桜町中納言とし、其が流派の違うた演芸者の語り物に移つて行つた時に、其派の主要人物たる小町の事になつて行つたのではあるまいか。



底本:「折口信夫全集 2」中央公論社
   1995(平成7)年3月10日初版発行
初出:「土俗と伝説 第一巻第三号」
   1918(大正7)年10月
※底本の題名の下に書かれて居る「大正七年十月「土俗と伝説」第一巻第三号」はファイル末の「初出」欄に移しました。
※底本では「訓点送り仮名」と注記されている文字は本文中に小書き右寄せになっています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2006年12月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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