なりと、誰か告げなむ(二二六、丹比真人某)
[#ここで字下げ終わり]
これは、人麻呂の思ひに擬して作つたものと伝へてゐます。枕べに玉をおかずに寝てゐるのでは、旅の死者と言ふ事になるから、「玉を枕におき」といふ風に、条件を具備してゐるやうに言つたのです。具備はしてゐるが、其は海辺の荒床だ。其処で行き仆れて寝てゐることを、誰が彼女に告げたらうか、といふのです。
私らの、そこで行きづまる事は、枕に這入つてゐる霊魂と、人間が生きてゐる上に持つてゐなければならぬ霊魂とは、同じものかどうか、といふ事です。此までは、別のものと考へてゐました。それは、神事を行ふ時、霊的な枕をすると、たま[#「たま」に傍点]が体に這入つて来て、神秘な力を発揮して来ます。だから、その神事の時のたま[#「たま」に傍点]と、平生、身体にあるたま[#「たま」に傍点]とは別だと考へてゐたのです。併し、枕の[#「枕の」に傍点]たまと人間の霊魂とは、深い関係にあるらしい事が、前の歌々を見ると考へられて来ます。さうなると、この点はまだ、私にも疑問として残ることになるのです。
とにかく、かういふ風に、神の霊・人の霊・旅行中の霊魂と、霊魂を考へて行けば、いろんな古代の信仰問題が訣つて来ると思ひます。万葉集の歌にも、従来の研究では、半分位しか意味の訣らないものも沢山ありましたが、さうした点も追つて、十分理会が出来る様になるでせう。
既に皆さんが正しいものと考へてゐる知識も、今は改める必要のある事、そして今迄、問題にならなかつた事を、新しく問題にとりあげる必要があるといふ事を、今日はお話ししたのです。
底本:「日本の名随筆62 万葉(二)」作品社
1987(昭和62)年12月25日第1刷発行
1996(平成8)年10月30日第8刷発行
底本の親本:「折口信夫全集 第九巻」中央公論社
1955(昭和30)年12月発行
入力:門田裕志
校正:多羅尾伴内
2003年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング