日本品詞論
折口信夫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)務《イソ》ふ
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#丸A小文字、1−12−33]
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(一)[#「(一)」は縦中横]語根
日本品詞組織の考察は動詞の解体からのを便利とする。先づ其の構造の基礎的要素として語根語尾の二部を対立せしめることに付いては、誰も異存の無いはずである。ところが、此の両者の結合の工合に両様の状態がある。
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(一)[#「(一)」は縦中横]語根×語尾
(二)[#「(二)」は縦中横]語根+語尾
[#ここで字下げ終わり]
と云ふ風な体製を見るのである。(一)[#「(一)」は縦中横]は語根と語尾とが融合してをつて二部に分つことの出来ぬもので、一見語原組織の交錯して居る様に思はれるまで熟してをる。此の場合今一つ語幹と云ふ立場を挿入して此の組織の交錯点を示す方法があるけれども、これは単に方便に過ぎないので、合理的の立脚地に立つものとは云ひ難い。
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かく おす かつ
めづ しぬ いふ
くむ たゆ かる
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の如き語は、此の類に属してゐる。勿論、此の中には単に語原的意識の明瞭ならぬだけの理由で、実際は(二)[#「(二)」は縦中横]に含まれるはずのものもある事と思はれる。
(二)[#「(二)」は縦中横]は語根と語尾とが比較的分離し易き関係にあるもので、観念表象の主要と其の属性的判断との結合点を伺ふ事の難くないものである。これにも、
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(イ)[#「(イ)」は縦中横]語根+語尾
(ロ)[#「(ロ)」は縦中横]語根+[#「+」は点線丸囲み]語尾
[#ここで字下げ終わり]
と云ふ両様の構造がある。(ロ)[#「(ロ)」は縦中横]は勿論、(イ)[#「(イ)」は縦中横]なる第一形式の転化したもので、形式的に見ると、語根×語尾と云ふ(一)[#「(一)」は縦中横]に非常に近くて、曲折的の傾向が明かに認められる。
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なす(寝) いそはく(<務《イソ》ふ) またく(<待つ) はやす(<栄《ハ》ゆ) こらす(<懲る) うがつ(<穿《ウ》く) わがぬ(<曲ぐ) おさふ(<圧す) たゝかふ(<叩く)
[#ここで字下げ終わり]
これを又形式上から見て、
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(A)[#「(A)」は縦中横]語根が単に原形の音韻をかへただけのもの
(B)[#「(B)」は縦中横]語根が其の原形なる言語の属性の部分観念を表象するために、故意に音韻をかへたものと思はれるものゝ接尾語に結びついて特殊の概念を構成したもの
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との二つがある。
内容の上からも亦、
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(C)[#「(C)」は縦中横]語根語尾の融合により文法的属性の変化を示すもの
(D)[#「(D)」は縦中横]時間観念を増加して言語情調を変ずるもの
[#ここで字下げ終わり]
との二種がある。
(A)[#「(A)」は縦中横]は無意識的に音韻の変化したものであるが、(B)[#「(B)」は縦中横]は故意に文法的属性を形にあらはしてそれに接尾語を呼んだものである。共に今日では、明瞭な語原意識が浮ばないから判然と断言する事が出来ないが、ともかくも此の二つの範疇が根底に横たはつてゐることは疑を入れない。
例へば、単に(u)[#「(u)」は縦中横]で終る原形が(a)[#「(a)」は縦中横]と変じて語尾に接する如き、或は副詞法より語尾に続いたものと思はれるわかゆ[#「わかゆ」に傍線](<わく)の様なのがあつて、一は全部属性の活動を現はし、一は其の部分的なものである。
前者の例は、かづらく・まくらく・かげるの類、後者の例は、かたぐ・あぎとふ・はらむの類。
後の者は概念の中で最も普通な差別観念が全内包を占て外延を収縮させ、属性的活動を特殊なものにせばめてゐる。
※[#丸A小文字、1−12−33]抽象語と語尾との粘着
形式上、体言として取扱はれるもので、まだ完全な概念を形づくるに至らないもの、よし又、概念を有してゐても、其の形式が一つの独立詞として扱はれにくい語をくるめて云ふので、之又、厳格な意味に於ける抽象語では無い。
[#ここから2字下げ]
ふるぶ むつむ おもる かする
[#ここで字下げ終わり]
語根と語尾との分岐点並に其の独立資格を認めることが出来るが、今日単独に直ちに体言として扱ふことは困難である。けれども、活動力の無い点から見て、当然抽象的の体言とすべきである。これには後に云ふ品詞の語根と語尾との複合が大部分を占てをる。
※[#丸B
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