を移した。感じ易い心を叫び上げないで、静かな自然に向いて、溜息つく様な姿を採つた。さうした側の歌が、彼の本領でもあり、開発でもあつた。黒人よりも、作者自身の姿が浮んで、而も人に強ひない。ほのかに動くものゝ、沁み出る様に、調子を落してさゝやいて居る。武人・族長など言ふ自覚を唆りあげて、人を戒めてゐる作物などは、短歌でもよくない。けれども、さうした側の長短歌を通じて見られるよい素質は、よい平安人の先ぶれだつたことを思はせる。人を戒めても犒《ねぎら》うても、其|語《ことば》つきには、おのれを叱り、我を愛しむ心とおなじ心持ちが感じられる。家門を思ふ彼は、奈良の世の果ての独りであつたが、神経や、感覚は、今の世からも近代風な人と言ふことが出来る。人麻呂の影響は、却つてわるく出てゐて、寂しいうら[#「うら」に傍線]声を叫び上げる様な作品を残した。
三 平安初期の大歌
平安朝では早く、大歌は、短歌が本体と見られる様になつて了うた。そして宮廷に其を用ゐる事は、恐らくは、鎮魂祭と神楽の場合との外は段々廃れて行つた。其他の宮廷詩は「詠」を主とせぬ雅楽の影響を受けたり、又は伝統を失ひ、さらでも時
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