植せられた内容のさび[#「さび」に傍線]、形式のしをり[#「しをり」に傍線]は、実は女房歌の模倣を経て、達し得た「細み」であつたのだ。此が西行の幽情に、誹諧の「さび」よりも、曲節や、弾力のある所以である。
此細みを抽き出した原因の一つに、数へ残しがある。其は雰囲気の力である。当時の京都の文壇主義の影響である。経信に著しく見えた幽情が、公卿の流行となつてゐた仏教凝りや、釈教歌・法楽の歌などに溢れた仏教味に合体した為、と言ふ様な速断は許されない。併し、かうした間の生悟りから、万有無実相・庶物一如の義を曲解敷衍して、
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心なき身にも、あはれは 知られけり。鴫たつ沢の秋の夕ぐれ(西行)
見渡せば、花も紅葉も なかりけり。浦の苫屋の秋の夕ぐれ(定家)
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など言ふ様な物の出来る機運は醸《かも》されて来た。悪い傾向だが、やはり一種の単純化である。
勅撰集の出る毎に、非難者の出る風は、後拾遺集に経信が試みた、と言はれてゐるが、此などは早いもので、其後、いつもあつたことである。さうした論難の癖は、恐らく、平安京の初頭にも既に、行はれたらうと思はれる――或は其以前からも――「歌合せ」の席上の討論の風が理論化せられて、歌式となり、歌論となり、更に、勅撰集撰者の態度批評とまでなつて来た。歌人の間にも、短歌の沿革・様式論・故事出典を集めて、学問にするものが出て来た。顕輔の伝統の所謂六条派の歌学や、歌の師範が起つたのも、当然の順序である。其子清輔・顕昭等から、学問としての色合ひが立つて来た。
日本の書物が学問の対象となつたのは、日本紀が始りで、万葉が其次に古点・次点を加へられ、平安の末に源氏が研究の目的になつて来た。俊成などが、源氏学の先駆者である。其等の間を縫うて、歌学が段々、物になり出した。歌学の始りとしては、まづ、古今を中心にした故事の詮索から、古くは万葉、新しくは後撰以後の出典・歌枕などまでに手が及んで、日本学としての姿を具へ出して来た。けれども、修辞論や不純な様式論が交つてゐた為に、容易に学問化は出来なかつた。かうして、創作態度に学問理論がわりこんで来た事実が、平安末の短歌に見えるのである。
短歌に神秘観を抱くことは、古代からであるが、俊成にとつては、作物の一つ/\は、報謝の為に作らるべきものであつた。かうすることが、彼として仏恩に酬ゆる唯一の道だつたのである。自己を虚しうして、歌に当つたらしい人であつたのだ。だから、彼の歌には、安住があり、輝いたあきらめがある。
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千載集えらび侍りける時、古き人々の歌を見て、
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行く末は 我をもしのぶ人やあらむ。昔を思ふ心ならひに(新古今)
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さすがに、野心を蔵した歌も盛んに詠じてゐるが、年よつて、段々静かに、平易に詠み出す様になつて行つた。もつと感激が出ねばならぬ所だ。
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如何に言ひ、いかに弔《ト》はむと 思ふ間に、心もつきて、春も暮れにき(玉葉)
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拘泥することなく、つぶさに述べ尽してゐる。併し情熱は失はれてゐる。近世の僧家の歌人などに多い、自在であつて、併し心の拍子の出ない歌の類である。でも、かうした調子を具体化する為に、短歌史上に類例少い長い生涯を文学の為、又此を通して、仏の為に費して来たのであつた。此等の歌は、当時の口語律に近づいて居た物であらう。彼自ら、自讃歌と推した「夕されば」の境地は、此風に野心を交へた概念歌で、上句の外は採れない。調子づき過ぎて、若々しい。
だが、彼の自ら否定した
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おもかげに 花の姿をさき立てゝ、幾重越え来ぬ。峰の白雪(新勅撰)
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は、なる程、俊成の態度から見れば、前期に属するものである。こしらへ物だ。が、印象は明らかに来る。
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夕されば、野べの秋風身に沁みて、うづら鳴くなり。深草の里(千載)
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の方は、印象がうぢや/\[#「うぢや/\」に傍点]してゐる。幽情も、やはらぎも見えない。此が、俊成の第二種の代表的な発想であらう。世間はそれでも「おもかげに」の傾向を愛して、其に傾き寄つた。新古今の歌壇は、此歌などを出発点として、展開を重ねて行つたのに違ひない。
俊成は、鎌倉はじめまでも、歌壇の長老として、残つてゐた。けれども彼の歌の平易は、四句讃歌(梁塵秘抄調)に近づいてゐる間に、若い人々の間には、めざましいと言ふより、目まぐるしい変化が起り続けて居た。

     八 新古今の歌風

新古今集の撰定の幹部等にとつて、先輩となつてゐた人たちは、多くは入道生活をしてゐた。俊成・西行・慈円・寂蓮・寂然――此等の法師や居士の間に漂ひ出るも
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