敵討の主人公が、念仏者自身なのは、意義がある。現当二世の親の慈愛や、孝養を説く二童敵討その他の仇討物や、狂女物・継母物は皆、今も念仏者の謡ふ唱文の主題だ。かうした物の原型の、村踊りを統一したのが、更に分化して、神能・蔓・修羅・祝言などに、各近づいてゐたのを、能楽が現れて、意識上の事としたのであると思ふ。

     三

玉城の現れてから後、その競争者及び、追随者の業蹟に到るまでの観察は、他の方々の研究に任せる。其代り、方々のお残しになつてゐる筈の、琉球演劇――歌劇と言ふ方がふさはしい――の発生を髣髴せしめてゐる村をどりを、考へて見るであらう。
沖縄教育の先輩、名護小学校長島袋源一郎さんが、まだ県視学であつた当時、鉄道開通祝ひの村をどりが、新停車場のある、そちこちの村で行はれた。私は誘はれて、其一つの祝賀場に宛てられた大嶺村の小学校の、焦げつく様な校庭で、朝から八つさがりまで、やまと[#「やまと」に傍線]の旅人として、相伴の見物をした。さうして、今言ふ村をどりには、段々芸尽しといふやうな形で、ある時代の村人の知つた限りの芸が、持ちこまれて、複雑になつて来てゐる事を感じた。だから古くは、尠くとも、今よりはもつと簡単な形で、行はれてゐたもの、と思ふ外はなかつたのである。尤、この時は、村をどり以外に、相撲その他の興行もあつたが、此等臨時の添へ物をとり除けても、尚、今の村をどりは、をどり上手を、個人的に使ひ過ぎてゐるのではないか、と思うたのである。
私の村をどりについての知識は、わづか一回のこの経験が、比嘉春潮さん・島袋源七さんなどの、生きた愛に充ちた説明によつて、生かされて来てゐるのである。あの日は幸福であつた。東島尻の広々とした田の面を、鉦・太鼓で囃し乍ら、一行が練り込んで来るはじめから、なごりを惜しませつゝ、還つて行く行列まで、見てゐたのであつた。
この行事は、実は七月のわらびみち[#「わらびみち」に傍線](童満?)のおがん[#「おがん」に傍線](拝み>お願)に行ふ事であつた。この斎日の本義は、村の若者を作る成年戒の日に、兼ねて二度目の農作を、祝福するものであつたらしいのである。先島諸島の例を見ると、成年授戒の日と農村祝福とは、おなじ日の同じ行事の中に含まれてゐる。八重山離島をはじめとして、其風俗を移した石垣島の二三个村の「あかまた・くろまた(又、あをまた)」の所作を見ても知れる。遠来の神の居る間に、新しく神役――寧、神に扮《ナ》る――を勤める様になつた未受戒の成年に戒を授けて、童《ワラベ》の境涯から脱せしめる神秘を、行うて置くのであつた。この遠来神の行列は、長者《チヤウジヤ》の大主《ウフシユウ》と言ふ、仮装した人を先に立てゝ、その長男と伝へられてゐる親雲上《ペイチン》――実は、その地の豪族を示すものらしい――その他、をどりの人衆が、夫々わり宛てられた役目の服装をした、風流《フリウ》姿で従ふのである。
此は、全くやまと[#「やまと」に傍線]本土にも、室町・戦国を頂上として、前後に永く行はれてゐて、「風流」と呼ばれた仮装行列であつた。唯役々が皆、現代人ではないが、役者は人間だ、といふ考へを持つてゐる。だが此は、八重山の盆祭りに出て来るあんがまあ[#「あんがまあ」に傍線]群行の伝承を参考して見ると、他界の霊物だといふ意識の落ちたまでだ、といふ事が明らかになる。
長者の大主、設けの座に直ると、改めて名のり――炉辺叢書「山原の土俗」参照――をして、祝福せられた生活を感謝し、更に多くの一行が、皆自分の子孫なることの果報を述べる。此は、遠来の神が、土地農作を祝福し、又一行の伴神の、かくの如く数多きを喜び誇る言ひ立ての、合理的変化である。かういふ変化が起ると、当然遠来の神が、別に登場せねばならぬ。中頭・国頭の村々では、儀来《ニライ》の大主《ウフヌシ》なる神が、次に現れる事になつてゐる処も、多いやうである。まづ長者の大主の長子親雲上が立つて、扇をあげて招くと、神の国の穀物の種を携へた、儀来の大主が出て、村・家・作物の祝言を述べて去る。
其に次いで、定式として行はれるものは、狂言である。此は、其村々特有の小喜劇である。その後は、をどりになるので、年と場合とによつて、いろ/\の変更はあるが、狂言だけは、正式に固有の狂言を守つてゐる。ひつくるめて言ふと、人事の滑稽な、争闘後の解決を意味するものから、分化したものらしい。此は必しも、能狂言の影響とは見られない。狂言としては、後には、歌舞妓の「物まね狂言づくし」があり、殆並行したものと思はれるものに、壬生狂言がある。南島へも渡つた念仏の、ある分派の芸能にも、狂言はあつたのである。其後が踊りになると、変遷甚しく、段々、曲目に変化があり、都会風や他村のものを模したのが、次第に殖えて行つて、芸づくしの姿をとる事
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