りの「くづれ」として、はをどり[#「はをどり」に傍線]と言はれたらしい。さすれば、組唄踊りの説の旁証にはなる。
渾沌時代に、劇的組織を与へたものは、序開きの神人問答の段である。之に写実味を加へ、会話の要素を交へたのは、狂言である。而も其初めから、組唄に趣くべき詞章及び、その舞ひぶりを供給したのは、ふし[#「ふし」に傍線]と称する地方的の歌舞である。其上、古くからも新しくも、組踊り展開の基礎となつて、変化させて来たのは、念仏者の万歳舞ひや、念仏踊り、ひよつとすれば、其等の人々が持つて来たかも知れない、小唄組の踊りである。之を整理したのは、朝薫を代表とする芸術家であつた。能や歌舞妓が、統一方法としては働いてゐる、とだけは言へる。

     六

組踊りの土台になる物は、尠くとも江戸最初には、既にあつたと見てよからう。江戸中期の、発達した歌舞妓の模倣とは言へない。謡曲は、玉城朝薫等の詞章を作る典型とはなつたらうが、其から脱化したものではない。「執心鐘入」其他、其飜案ととれるものが多い。が、能楽渡来以前、既に念仏者等によつて、種々の物語は伝へられて居て、根生ひの伝説らしくなつて居た事が考へられる。又、やまと[#「やまと」に傍線]の演劇の筋に酷似した、固有の狂言や、説話のあるのを、誇りに感じた事もあらう。其場合、改作・新作の脚色は、どうしても、之にひきつけられて行つた、と言ふ事があるに違ひない。
要するに、能の影響は、組踊りの純化に役立つた位で、能を移したものではない。謡曲は、組踊り詞章の整頓欲を刺戟したが、演出法の差異が、此を模倣しきる事の出来ない事を示した。歌舞妓芝居との関係は、その若衆歌舞妓時代の影響らしいものが感ぜられるが、此とても、女形の存在や、紫鉢巻の起す幻想に過ぎない様に思ふ。歌舞妓との交渉の深い点は、既に述べた通り、歌舞妓踊り時代のものに在る。唯、小唄念仏の踊りが、固定した歌舞妓と認められた後に、渡つたものとは考へられぬのである。其前の渾沌時代に、念仏者か、島人かの手によつて、組唄《クミ》の踊りとして移されたものだ、と私は考へるのである。

     七

役者に女形のあることも、念仏者の踊りを習得した、士分以上の人々が、踊つた為であつた。女のあそび[#「あそび」に傍線]は、祭時には勿論、饗宴にも、巫女としての資格で行ふのであつた。其以外、享楽に利用する事は出来ない。旁、一種上覧の為の余興なる組踊りを踊るのは、男に限る事になつたのだらう。けれども、沖縄の村をどりの狂言の発端は、神・巫女の代表者として択ばれ、身に一糸をも纏はぬ若い男女の擁き踊りにあるらしい。さうした村の神事には、清い男女が出ても、芸能化した後は、女の役も、男がせねばならなかつた。さうして性的演出を、次第に恋愛の方に移して行つたものと見える。
其よりも根本的に、村をどりは男のみの行事だから、狂言に出る女も、女形を用ゐる事になつてゐた所以を、最初に考へねばならぬ。今の儀保松男の様な美しい女形は、内地にも、東西の先輩のおやまが、皆老境に入つた今日、ちよつと見あたらない。此人を最後の光りにして、琉球劇の女形もなくなつて行くのであらう。いや、組踊り自身が、玉城重朝や、此人を伴うて、村をどりの発祥地たる儀来河内へ還つて了ふ、といふ心細さが、早、目睫の間に迫つてゐる。

     八

歌舞妓芝居の型の記録が要望せられてから、三十年にもなる。さうして此頃、其が更めて、情熱を以て唱導せられる様になつた。太田朝敷さんの「鐘入の型」などが、夙く用意せられてゐたのを見て、茲には更に、末期の迫つた演劇があつたのだ、とくり返し感じた。かうした型の記録が、現在の組踊り全部に亘つて、もつと細密に行はれねばならぬはずだと思ふ。此が無為に苦しむ島の有識にとつて、一つの生きがひになるかも知れない。
伊波さんの此本は、かうした組踊りの衰運を輓《ひ》き戻さう、といふ情熱から書かれたものである。だが、朝薫のやまと[#「やまと」に傍線]・うちな[#「うちな」に傍線]の古典詞章の幻を、現実の芸能の上に活して見ようとして、それの成功した、琉球劇の花の時代を、今一度、つく/″\と顧みて、なごり惜しみをする事になりさうな気がする。寂しいけれども、為方がない。



底本:「折口信夫全集 3」中央公論社
   1995(平成7)年4月10日初版発行
底本の親本:「『古代研究』第一部 民俗学篇第二」大岡山書店
   1930(昭和5)年6月20日
初出:「民俗芸術 第二巻第八号」
   1929(昭和4)年8月
※底本の題名の下に書かれている「昭和四年八月「民俗芸術」第二巻第八号、昭和四年十月、伊波普猷『校註琉球戯曲集』序」はファイル末の「初出」欄、注記欄に移しました。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
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