傍線]など言うたのである。
其夜は神が一宿して行く。其日家に残つて、幾日来「をとめの生活」に虔んでゐる家の女――主婦である事も、処女である事もあつたであらう――の給仕を受け、添寝をして行つたものと思はれる。此が、一夜夫婦《ヒトヨヅマ》といふ語の正確な用例である。又地方によつては、家の長上なる男があるじ役[#「あるじ役」に傍線]を勤める処も多かつたらしい。又、まれびと[#「まれびと」に傍線]も、大勢の伴神を連れて来る事もあつた。其等の神たちが、座を組んで、酒の廻るに従うて、順番に芸能を演ずる事もあつた。
此日神を請ずる家が「新室《ニヒムロ》」と称へられた。昔から実際新しい建て物を作るのだと考へられて来てゐる。だが、来臨したまれびと[#「まれびと」に傍線]の宣《ノ》り出す咒詞の威力は、旧室《フルムロ》を一挙に若室《ワカムロ》・新殿《ニヒドノ》に変じて了ふのであつた。尠くとも、さう信じてゐた。
大和宮廷などでは、早くから其まれびと[#「まれびと」に傍線]が、神に仮装した村の男神人だと言ふ事を知つてゐた。家々のにひなめ[#「にひなめ」に傍線]には、自分の家より格の上な人をまれびと[#「まれびと」に傍線]として光来を仰ぎ、咒詞を唱へて貰ふ事があつた。さうした時代にも、まれびと[#「まれびと」に傍線]は家あるじに対して、舞ひをした処女或は、接待役に出た家刀自を、一夜づま[#「一夜づま」に傍線]に所望する事も出来たのである。平安朝以後頻りに行はれた上流公家の大饗《ダイキヤウ》も、やはり一階上の先輩を主賓として催された。まれびと[#「まれびと」に傍線]の替りに、寺院の食堂の習慣を移して、尊者《ソンジヤ》と称へてゐた。
六 海の神・山の神
まれびと[#「まれびと」に傍線]が贄のあるじを享けに来るのは、多くは一家の私の祭りであつた様だが、此が村中の祭事として、村人の出こぞつた前で行はれる事もあつたらしい。いづれにしても、此等のまれびと[#「まれびと」に傍線]が神として考へられ、社に祀られる様になると、家祭りが村中に拡がつて来る。さうした社の中には、却つて、さうした稀に臨む神を祀る事を忘れて、土地に常在する邪悪の精霊を斎はうて、まれびと[#「まれびと」に傍線]と混淆したものも多い。其でも、田の精霊・苑《ハタ》の精霊を作物の神と考へた痕は、僅かしかない。田苑に水をくれる海の神を、田苑の守り
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング