で、此が整然としてゐないことが、人生を暗くしてゐる。日本でも舊時代の「政談」類が、長く人氣を保つたのは、この原始的な感情を無視せなかつた所にあるとも言へる。どいる[#「どいる」に傍線]は極めてしばしば、人間の處置はこれまでゞ、これから先は、我々法に與る者の領分ではないと言ふ限界を、はつきり見つめて、其ははつきりと物を言つてゐるのである。即法律が神の領分を犯そうとすることを、力強く拒んでゐるのである。
こと/″\しく言ふ程のことではないが、ほうむず[#「ほうむず」に傍線]の據り所になつたもでる[#「もでる」に傍線]があるにしろ、此神の如き素人探偵の持つた特異性は、いつも固定してゐない。人間の生き身が常に變化してゐるやうに、ほうむず[#「ほうむず」に傍線]は、生きて移つてゐる。而も彼の特異性が世間にはたらきかけて、犯罪を吸ひ寄せ、罪惡を具象して來る。さうして恰も神自身のやうに、犯罪を創造して行く。彼の口は、皮肉で、不逞な物言ひをするに繋らず、犯蹟を創作する彼の心は、極めて美しい。ほうむず[#「ほうむず」に傍線]を罪惡の神のやうに言つた風に聞えれば、私の言ひ方が拙いので、世の中の罪が彼の氣稟に觸れると、自ら凝集して、固成しないではゐられなくなる。そして次々に犯罪を發見し、又それ自身眞に、その罪惡と別れてゆく。
彼が往々事の起る前兆の樣に行つてゐる化學實驗――それは、さう言ふ殆空虚な、靜まりきつた氣雰の中に、世間犯罪の凝集して來るのを待つてゐるものゝやうにしか思はれない。だから、ほうむず[#「ほうむず」に傍線]の物語は、どいる[#「どいる」に傍線]の行ふ鎭魂術であつたと言つてもよい。
どいる[#「どいる」に傍線]の創造した異質的な義人も、民情の違つた他國では、其點は認められてゐないやうだ。海を渡つて、あるせいぬ・るぱん[#「あるせいぬ・るぱん」に傍線]に戰ひを挑みに來るへるろつく・しよるむす[#「へるろつく・しよるむす」に傍線]に到つては、唯二人の魔法使ひが術比べの場を現《ゲン》じたに過ぎない。ほうむず[#「ほうむず」に傍線]の國とるぱん[#「るぱん」に傍線]の國とでは、「人生詩」を異にしてゐる。――私には、さうとしか思はれない。
底本:「折口信夫全集 第廿七卷」中央公論社
1968(昭和43)年1月25日初版発行
初出:「シャーロツク・ホームズ全集 月報」第10號
1952(昭和27)年3月
※底本の題名の下に書かれている「昭和二十七年三月『シャーロツク・ホームズ全集』月報第十號」はファイル末の「初出」欄に移しました。
入力:高柳典子
校正:大久保ゆう
2003年12月27日作成
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