顔をする。
[#ここで字下げ終わり]
身毒は、黙つてゐることが出来なかつた。
[#ここから1字下げ]
わしは、今度こそ帰つたら、お師匠さんに願うて、神宮寺か、家原寺へ入れて貰はうと思うてる。
おい、又変なこと、言ひ出したぜ。おまへ、此ごろ、大仙陵の法師狐がついてるんかも知れんぞ。
[#ここで字下げ終わり]
今迄鼾を立てゝゐた制※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]迦が寝がへりをうつて顔を此方へ向けた。年がさの威厳を持つたらしいおつかぶせる様な声である。
[#ここから1字下げ]
さうだとも/\。師匠のお話では、氷上で育てた弟子のうちにも、さういふ風に、房主になりたい/\言ひづめで、とゞのつまりが、蓮池へはまつて死んだ男があつたといふぜ。死神は、えて[#「えて」に傍点]さういふ時に魅きたがるんだといふよ。気をつけなよ。
[#ここで字下げ終わり]
又、一人の中年男が、つけ添へた。
[#ここから1字下げ]
おまへらは、なんともないのかい、住吉へ還らんでも、かうしてゐても、おんなじ旅だもの。せめて、寺方に落ちつけば、しんみりした心持ちになれさうに思ふのぢやけれど。
あほうなことを、ちんぴらが言ふよ。瓜生野が気に入らぬ。そんなこと、おまへが言ひ出したら、こちとらは、どうすればよい。よう、胸に手置いて考へて見い、師匠には、子のやうに可愛がられるし、第一ものごゝろもつかん時分から居馴れてるぢやないか。何を不足で、そんなことを言ひ出すのだ。
[#ここで字下げ終わり]
と分別くさい声が応じた。
[#ここから1字下げ]
けれどなあ、かういふ風に、長道を来て、落ちついて、心がゆつたりすると一処に、何やらかうたまらんやうな、もつと幾日も/\ぢつとしてゐたいといふ気がする。
[#ここで字下げ終わり]
熱し易い制※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]迦は、もう向つぱらを立てゝ、一撃を圧しつける息ごみでどなつた。
[#ここから1字下げ]
何だ。利いた風はよせ。田楽法師は、高足や刀玉見事に出来さいすりや、仏さまへの御奉公は十分に出来てるんぢや、と師匠が言はしつたぞ。田楽が嫌ひになつて、主、猿楽の座方んでも逃げ込むつもりぢやろ。
[#ここで字下げ終わり]
煮え立つやうな心は、鋭い語になつて、沸き上つた。身毒は、其勢にけおされて、おろ/\としてゐる。あひて[#「あひて」に傍点]の当惑した表情は、
前へ
次へ
全12ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング