でも云ふ様になつた。そこで最初は、良い酒が出来るやうに、と祝福する詞が同時に、飲用者の健康を祝福する意味を兼ねる事にもなり、更に転じては又、旅から戻つた者の疲労を癒し、又病気の治癒を目的として、酒を飲むといふ事にもなつた。つまり此も、論理の堂々廻りである。かういふ風で祝詞には、祝福の意味と共に、感謝と讃美との意味が、常に伴うてゐるのである。
かくの如く、昔の日本人が、すべての事を聯想的に見た事は、又、譬喩的に物を見させる事でもあつた。「天の御柱をみたて」るといふ事などは、私は、現実に柱を建てたのではなく、あるものを柱と見立てゝ、祝福したのであると見たい。淡島を腹として国生みをする、といふ事も、昔から難解の句とせられてゐて、或学者は、此を「長男として」の義に解したが、誤りである。国を生むには、生むべき腹がなければならぬ。そこで、其腹を淡島に見立てられて、国を生ませられたのである。即、此も一種の「見立て」思想なのである。
この「見立て」の考へは、祝詞の考へ・新室のほかひ[#「新室のほかひ」に傍線]の考へ・大殿ほかひ[#「大殿ほかひ」に傍線]の考へと、互ひに聯関してゐるものであつて、殊に其中心勢力になつてゐるものは、祝詞であるから、祝詞の研究を十分にしたならば、今まで解けなかつた、神道関係の不可解な事も、存外、明らかに釈けて来さうに思ふ。
底本:「折口信夫全集 3」中央公論社
1995(平成7)年4月10日初版発行
初出:「神道学雑誌 第五号」
1928(昭和3)年10月
※「講演筆記」の記載が底本題名下にあり。
※底本の題名の下に書かれている「講演筆記。昭和三年十月「神道学雑誌」第五号」はファイル末の「初出」欄、注記欄に移しました。
※底本では「訓点送り仮名」と注記されている文字は本文中に小書き右寄せになっています。
入力:高柳典子
校正:多羅尾伴内
2007年7月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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