しきはた[#ここで割り注終わり])[#ここから割り注]安岐佐伯[#ここで割り注終わり]
[#ここで字下げ終わり]
右の中、小里は、小里《ヲリ》出羽[#(ノ)]守など言ふ、戦国の武人の本貫である。摂津の遠里《ヲリ》(とほさと[#「とほさと」に傍線]ではない)小野《ヲノ》などゝ同類で、折り廻《タ》む道の意であらうから、降《オ》りるとは没交渉らしい。
折口は、木津の地では、一切おりぐち[#「おりぐち」に傍線]と濁つて言ふ事はない。字の宛て方がうまかつたのか、外に訓み方もない為か、時々、おれくち[#「おれくち」に傍線]と不吉な訓みをつけられる事があるばかりで、大抵始めて此妙な名字に出くはした人にも、すらりと通る様である。併し、おりくち[#「おりくち」に傍線]と清んで訓んでくれる人は、あまりない。此頃では、とうかするとおりぐち[#「おりぐち」に傍線]と言うて、自分乍ら、ずぼらになつたのに、驚く事がある。
明治四十二年の天満焼けのをり、朝日・毎日の二つの新聞で募つた義捐金に、喜捨した人の中に、淡路三原(或は津名)郡何村の折口某と言ふ姓名が見えた。目のよる処に玉とやらで、注意してゐた為か、其頃南区二
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