《ナガカタメコシミヅノヲヒモ》(こおび[#「こおび」に傍線]か)は、誰かも解かむ。」答へ申さく、「旦波比古多々須美智能宇斯王《タニハノヒコタヽスミチノウシノミコ》の女、名は兄比売・弟比売、此|二女王《フタミコ》ぞ、浄き公民《オホミタカラ》(?)なる。かれ、使はさば宜けむ。……」
又、其后の白しのまゝに、みちのうしの王[#「みちのうしの王」に傍線]の女等、比婆須比売命、次に弟比売命(次に弟比売命……命……命とあるべき処だ)次に、歌凝比売命、次に円野比売命、併せて四柱を喚上《メサ》げき。(垂仁記)
唯、妾死すとも、天皇の恩を忘れ敢へじ。願はくは、妾の掌れる后宮の事、宜しく好仇《ヨキツマ》に授け給ふべし。丹波国に五婦人あり。志|並《トモ》に貞潔なり。是、丹波道主王の女なり。[#ここから割り注]道主王は、稚日本根子大日々天皇の子(孫)彦坐王の子なり。一に云はく、彦湯産隅王の子なり。[#ここで割り注終わり]当に掖廷に納れて、后宮の数に盈《ア》つべしと。天皇聴す。……丹波の五女を喚《メ》して、掖廷に納る。第一を日葉酢《ヒハス》姫と曰ひ、第二を淳葉田瓊入《ヌハタヌイリ》媛と曰ひ、第三を真砥野《マトヌ》媛と曰ひ、第四を※[#「たけかんむり/(角+力)」、97−10]瓊入《アザミヌイリ》媛と曰ひ、第五を竹野媛と曰ふ。(垂仁紀)
[#ここで字下げ終わり]
此後が、古事記では、弟王二柱、日本紀では、竹野媛が、国に戻される道で、一人は恥ぢて峻淵に(紀では自堕輿とある)堕ち入つて死ぬ。其から、堕《オツ》国と言うた地名を、今では弟《オト》国と言ふとあるいはながひめ[#「いはながひめ」に傍線]式の伝へになつてゐる。
思ふに、悪女の呪ひの此伝へにもあつたのが、落ちたものであらう。ほむちわけのみこ[#「ほむちわけのみこ」に傍線]のもの言はぬ因縁を説いたのが、古事記では、既に、出雲大神の祟りと変つてゐる。出雲と唖王子とを結びつけた理由は、外にある。紀の自堕輿而死の文面は「自ら堕《オチイ》り、興《コトアゲ》して死す」と見るべきで、輿は興の誤りと見た方がよさ相だ。「おつ」・「おちいる」と言ふ語の一つの用語例に、水に落ちこんで溺れる義があつたのだらう。自殺の方法の中、身投げの本縁を言ふ物語を含んだものである。水の中で死ぬることのはじめをひらいた丹波道主貴の神女は、水の女であつたからと考へたのである。
九 兄媛弟媛
やをとめ[#「やをとめ」に傍線]を説かぬ記・紀にも、二人以上の多人数を承認してゐる。神女の人数を、七《ナヽ》処女・八《ヤ》処女・九《コヽノ》の処女などゝ勘定してゐる。此は、多数を凡そ示す数詞が変化して行つた為である。其と共に実数の上に固定を来した場合もあつた。まづ七処女が古く、八処女が其に替つて勢力を得た。此は、神あそび[#「神あそび」に傍線]の舞人の数が、支那式の「※[#「にんべん+(八/月)」、第3水準1−14−20]《イツ》」を単位とする風に、最叶ふものと考へられ出したからだ。唯の神女群遊には、七処女を言ひ、遊舞《アソビ》には八処女を多く用ゐる。現に、八処女の出処比沼山にすら、真名井の水を浴びたのは、七処女としてゐる。だから、七《ナヽ》――古くは八処女の八も――が、正確に七の数詞と定まるまでには、不定多数を言ひ、次には、多数詞と序数詞との二用語例を生じ、遂に、常の数詞と定まつた。此間に、伝承の上の矛盾が出来たのである。
神女群の全体或は一部を意味するものとして、七処女の語が用ゐられ、四人でも五人でも、言ふ事が出来たのだ。其論法から、八処女も古くは、実数は自由であつた。其神女群の中、最高位にゐる一人がえ[#「え」に傍線](兄)で、其余はひつくるめておと[#「おと」に傍線](弟)と言うた。古事記は既に「弟」の時代用語例に囚はれて、矛盾を重ねてゐる。兄に対して大《オホ》ある如く、弟に対して稚《ワカ》を用ゐて、次位の高級神女を示す風から見れば、弟にも多数と次位の一人とを使ひわけたのだ。即神女の、とりわけ神に近づく者を二人と定め、其中で副位のをおと[#「おと」に傍線]と言ふ様になつたのである。
かうした神女が、一群として宮廷に入つたのが、丹波道主貴の家の女であつた。此七処女は、何の為に召されたか。言ふまでもなくみづのをひも[#「みづのをひも」に傍線]を解き奉る為である。だが、紐と言へば、すぐ聯想せられるのは、性的生活である。先達諸家の解説にも、此先入が主となつて、古代生活の大切な一面を見落されて了うた。事は、一続きの事実であつた。「ひも」の神秘をとり扱ふ神女は、条件的に「神の嫁」の資格を持たねばならなかつたのである。みづのをひも[#「みづのをひも」に傍線]を解く事が直に、紐主にまかれる事ではない。一番親しく、神の身に近づく聖職に備るのは、最高の神女
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