、誕生せられるものとした。さうして常に、新な日の神の御子が、此国に臨むものとの考へなのである。日の御子として、生れ変る期間の名が、天つ日高・虚つ日高の対句で表されて居たらしく、所謂|真床覆衾《マドコオフスマ》(神代紀)を被つて、外気に触れない物忌みを経て、血統以外の継承条件をも獲られたものであらう。
第一代の日の御子降臨の時に、祖母《オホミオヤ》神の寄与せられた物は、鏡と稲穂(紀)とで、古事記では其外に二神器及び、智恵の魂・力の魂・門神の魂をば添へられてゐる。同じ本には、鏡を御霊として居るが「わが前を拝む如斎きまつれ」と告げられたと言ふ合理的な語部の解釈を、其儘採用してゐる。鏡を和魂又は奇魂に、劒を荒魂に、玉を奇魂或は和魂と解せられぬでもないが、姑らく紀に拠つて、鏡だけを説く。此は、御代毎に新しく御母神から日の御子が受けるもの、と解した外来魂の象徴と見るのが、古義に叶ふらしい。
稲穂は、祝詞・寿詞を通じて、神孫の為の食物に分け与へられたものと考へて来てゐるが、稲穂を魂代とする豊受姫神が、保食神・豊うかのめ[#「豊うかのめ」に傍線]などの名で、色々な神に配せられ、生死を超越した物語を止めて居るのは、必、意味がある。「食国《ヲスクニ》の政」を預る者は、天上の食料を地上にも作り出して、天神に献る事務を執らしめられるのである。其為事に失敗したのが、すさのをの命[#「すさのをの命」に傍線]であつた。
此農作物の魂を所置する法を知られなかつたのだ。其で黄泉を治める事になつたものと、古伝誦の順序を換へて見るべきだらう。天つ罪が此神の犯した神の供物荒しの罪を数へ立てゝ居るのにも、理由あつての聯絡であつたのである。
穀物の魂を、御母神《ミオヤガミ》の魂に添へた理由は、同時に、内宮に外宮を配した所以でもある。外宮は皇太神宮の※[#「广+寺」、341−5]《カムダチ》の神として出発した信仰と見ることも出来る。又さうした理会の上に、古文献も、此農神の事を叙述してゐる。而も此神は、田畠の神であると共に、酒の神であり、家の神でもある。大殿祭祝詞註の所謂、室清めの産飯《サバ》説も、葺草壁代の霊とする説も、尚合理臭い。此神の子として、若室|葛根《ツナネ》[#(ノ)]神(記)の名を伝へて居るのは、寧、御饌神《ミケツカミ》即厨の神[#「厨の神」に傍線]とする説の方がよい。併し、外宮の場合の旧説と一つになる。私はやはり、鏡の象徴する魂・穀物の象徴する魂が、外来魂として代々の日の御子に寄り来るものと見てゐる。うかのみたま[#「うかのみたま」に傍線]を表すのに稲魂の字を以てするのも、此消息を示して居る。生命の祝福と建て物の讃へ詞が並行叙述の形で表現せられてゐるのは、もつと根本的に、此とようかのめの神[#「とようかのめの神」に傍線]の魂が、家あるじの生活力に纏綿して居るものとせられてゐたからであらうと考へる。
食国の政を完くする為に、穀神を斎くと考へるよりも、食物の魂の寄つて居る為に、家長の生活力が更に拡充せられると言ふ信仰から出たのであらう。二神器及び三神の魂を与へられたのも、此意義から、無限に外来魂を殖して考へることの出来た古代人の思想を見る事が出来よう。殊に考へ方は新しくても、智力の魂の伝への方は、外来魂の権力の上に、助勢する力として、附着して来るものと考へられた痕を、はつきり残して居る。玉・劒は、呪力の源と見る方が適当であるらしい。
外来魂の考へが荒魂・和魂に融合して、魂魄の游離観を恣ならしめた。荒魂・和魂の対立は、天子及び、賀正事《ヨゴト》を奏する資格を持つ邑君の後身なる氏々の長上者にも見られる。而も二魂、各其姿を持つものとの考へから、荒魂の為の身、和魂の為の身に、二様の魂のよるべ[#「よるべ」に傍線]としての御服《ミソ》を作つた。其二様の形体を荒世《アラヨ》・和世《ニゴヨ》――荒魂の身《ヨ》・和魂の身《ヨ》――と言ひ、御服を荒世の御服《ミソ》・和世の御服と称へた。而も荒世・和世の形体の寸尺を計つて、二魂の持つ穢れ・罪を移す竹をも、亦荒世・和世と言うた。二魂の形体の形代としての御服に対して、主上の寸尺を計る竹も、二魂の形体其物の殻と考へられてゐるので、ある時代に、後者が陰陽道の側から、とり込まれた方式なることを示して居るのではないか。此が、夏冬の大祓に続いて行はれる主上の御|贖《アガナ》ひなる節折《ヨヲリ》の式である。東西の文部《フビトベ》が参与することから見ても、固有の法式に、舶来の呪術の入り雑つて居ることは察せられる。
鎮魂祭の儀を見ると、単に主上の魂の游離を防ぐ為、とばかり考へられないことがわかる。年に一度、冬季に寄り来る魂があるのである。御巫《ミカムコ》の「宇気《ウケ》」を桙で衝くのは、魂を呼び出す手段である。いづれ平安朝に入つての替へ唱歌であらうが、
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