、腐るところだった。だが、おかしいぞ。こうつと――あれは昔だ。あのこじあける音がするのも、昔だ。姉御の声で、塚道の扉を叩きながら、言って居たのも今《いんま》の事――だったと思うのだが。昔だ。
おれのここへ来て、間もないことだった。おれは知っていた。十月だったから、鴨が鳴いて居たのだ。其鴨みたいに、首を捻《ね》じちぎられて、何も訣らぬものになったことも。こうつと[#「こうつと」に傍点]――姉御が、墓の戸で哭き喚いて、歌をうたいあげられたっけ。「巌岩《いそ》の上に生ふる馬酔木《あしび》を」と聞えたので、ふと[#「ふと」に傍点]、冬が過ぎて、春も闌《た》け初めた頃だと知った。おれの骸《むくろ》が、もう半分融け出した時分だった。そのあと[#「あと」に傍点]、「たをらめど……見すべき君がありと言はなくに」。そう言われたので、はっきりもう、死んだ人間になった、と感じたのだ。……其時、手で、今してる様にさわって見たら、驚いたことに、おれのからだは、著《き》こんだ著物の下で、※[#「月+昔」、第3水準1−90−47]《ほじし》のように、ぺしゃんこになって居た――。
[#ここで字下げ終わり]
臂《かいな
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