の訣《わけ》やら知れぬが、一心に糸を績み、機を織って居る育ての姫が、いとおしくてたまらぬのであった。
昼の中多く出た虻《あぶ》は、潜んでしまったが、蚊は仲秋になると、益々あばれ出して来る。日中の興奮で、皆は正体もなく寝た。身狭までが、姫の起き明す灯の明りを避けて、隅の物陰に、深い鼾《いびき》を立てはじめた。
郎女は、断《き》れては織り、織っては断れ、手がだるくなっても、まだ梭《ひ》を放そうともせぬ。
だが、此頃の姫の心は、満ち足ろうて居た。あれほど、夜々《よるよる》見て居た俤人《おもかげびと》の姿も見ずに、安らかな気持ちが続いているのである。
「此機を織りあげて、はようあの素肌のお身を、掩《おお》うてあげたい。」
其ばかり考えて居る。世の中になし遂げられぬもののあると言うことを、あて人は知らぬのであった。
[#ここから1字下げ]
ちょう ちょう はた はた。
はた はた ちょう……。
[#ここで字下げ終わり]
筬《おさ》を流れるように、手もとにくり寄せられる糸が、動かなくなった。引いても扱《こ》いても通らぬ。筬の歯が幾枚も毀《こぼ》れて、糸筋の上にかかって居るのが見える。
郎女は、溜《
前へ 次へ
全159ページ中148ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング