[#「ついしか」に傍点]此ほどに、頭の髄まで沁《し》み入るような、さえざえとした語を聞いたことのない、乳母《ちおも》だった。
寺方の言い分に譲るなど言う問題は、小い事であった。此|爽《さわ》やかな育ての君の判断力と、惑いなき詞に感じてしまった。ただ、涙。こうまで賢《さか》しい魂を窺《うかが》い得て、頬に伝うものを拭うことも出来なかった。子古にも、郎女の詞を伝達した。そうして、自分のまだ曾《かつ》て覚えたことのない感激を、力深くつけ添えて聞かした。
[#ここから1字下げ]
ともあれ此上は、難波津《なにわづ》へ。
[#ここで字下げ終わり]
難波へと言った自分の語に、気づけられたように、子古は思い出した。今日か明日、新羅《しらぎ》問罪の為、筑前へ下る官使の一行があった。難波に留っている帥の殿も、次第によっては、再太宰府へ出向かれることになっているかも知れぬ。手遅れしては一大事である。此足ですぐ、北へ廻って、大阪越えから河内へ出て、難波まで、馬の叶う処は馬で走ろう、と決心した。
万法蔵院に、唯一つ飼って居た馬の借用を申し入れると、此は快く聴き入れてくれた。今日の日暮れまでには、立ち還りに、難波
前へ 次へ
全159ページ中102ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング