げ終わり]
こんな事を言わして置くと、折角澄みかかった心も、又曇って来そうな気がする。家持は忙《あわ》てて、資人の口を緘《と》めた。
[#ここから1字下げ]
うるさいぞ。誰に言う語だと思うて、言うて居るのだ。やめぬか。雑談《じょうだん》だ。雑談を真に受ける奴が、あるものか。
[#ここで字下げ終わり]
馬はやっぱり、しっとしっとと、歩いて居た。築土垣 築土垣。又、築土垣。こんなに何時の間に、家構えが替って居たのだろう。家持は、なんだか、晩《おそ》かれ早かれ、ありそうな気のする次の都――どうやらこう、もっとおっぴらいた平野の中の新京城にでも、来ているのでないかと言う気が、ふとしかかったのを、危く喰いとめた。
築土垣 築土垣。もう、彼の心は動かなくなった。唯、よいとする気持ちと、よくないと思おうとする意思との間に、気分だけが、あちらへ寄りこちらへよりしているだけであった。
何時の間にか、平群《へぐり》の丘や、色々な塔を持った京西の寺々の見渡される、三条辺の町尻に来て居ることに気がついた。
[#ここから1字下げ]
これはこれは。まだここに、残っていたぞ。
[#ここで字下げ終わり]
珍しい発見をしたように、彼は馬から身を翻《かえ》しておりた。二人の資人はすぐ、馳《か》け寄って手綱を控えた。
家持は、門と門との間に、細かい柵《さく》をし囲《めぐ》らし、目隠しに枳殻《からたちばな》の叢生《やぶ》を作った家の外構えの一個処に、まだ石城《しき》が可なり広く、人丈にあまる程に築いてあるそばに、近寄って行った。
[#ここから1字下げ]
荒れては居るが、ここは横佩墻内《よこはきかきつ》だ。
[#ここで字下げ終わり]
そう言って、暫らく息を詰めるようにして、石垣の荒い面を見入って居た。
[#ここから1字下げ]
そうに御座ります。此石城からしてついた名の、横佩墻内だと申しますとかで、せめて一ところだけは、と強いてとり毀《こぼ》たないとか申します。何分、帥《そつ》の殿のお都入りまでは、何としても、此儘《このまま》で置くので御座りましょう。さように、人が申し聞けました。はい。
[#ここで字下げ終わり]
何時の間にか、三条七坊まで来てしまっていたのである。
おれは、こんな処へ来ようと言う考えはなかったのに――。だが、やっぱり、おれにはまだまだ、若い色好みの心が、失せないで居るぞ。何だか、自分で自分を
前へ
次へ
全80ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング