が故に、追い退《の》けられたのであった。
そう言う聴きてを見あてた刹那《せつな》に、持った執心の深さ。その後、自身の家の中でも、又|廬堂《いおりどう》に近い木立ちの陰でも、或は其処を見おろす山の上からでも、郎女に向ってする、ひとり語りは続けられて居た。
今年八月、当麻の氏人に縁深いお方が、めでたく世にお上りなされたあの時こそ、再|己《おの》が世が来た、とほくそ笑み[#「ほくそ笑み」に傍点]をした――が、氏の神祭りにも、語部を請《しょう》じて、神語りを語らそうともせられなかった。ひきついであった、勅使の参向の節にも、呼び出されて、当麻氏の古物語りを奏上せい、と仰せられるか、と思うて居た予期《あらまし》も、空頼みになった。
此はもう、自身や、自身の祖《おや》たちが、長く覚え伝え、語りついで来た間、こうした事に行き逢おうとは、考えもつかなかった時代《ときよ》が来たのだ、と思うた瞬間、何もかも、見知らぬ世界に追放《やら》われている気がして、唯驚くばかりであった。娯《たの》しみを失いきった語部の古婆は、もう飯を喰べても、味は失うてしまった。水を飲んでも、口をついて、独り語りが囈語《うわごと》のように出るばかりになった。
秋深くなるにつれて、衰えの、目立って来た姥《うば》は、知る限りの物語りを、喋《しゃべ》りつづけて死のう、と言う腹をきめた。そうして、郎女の耳に近い処をところ[#「ところ」に傍点]をと覓《もと》めて、さまよい歩くようになった。
郎女は、奈良の家に送られたことのある、大唐の彩色《えのぐ》の数々を思い出した。其を思いついたのは、夜であった。今から、横佩墻内《よこはきかきつ》へ馳《か》けつけて、彩色を持って還《かえ》れ、と命ぜられたのは、女の中に、唯一人残って居た長老《おとな》である。ついしか、こんな言いつけをしたことのない郎女の、性急な命令に驚いて、女たちは復《また》、何か事の起るのではないか、とおどおどして居た。だが、身狭乳母《むさのちおも》の計いで、長老は渋々、夜道を、奈良へ向って急いだ。
あくる日、絵具の届けられた時、姫の声ははなやいで、興奮《はや》りかに響いた。
女たちの噂した所の、袈裟《けさ》で謂《い》えば、五十条の大衣《だいえ》とも言うべき、藕糸《ぐうし》の上帛《はた》の上に、郎女の目はじっとすわって居た。やがて筆は、愉《たの》しげにとり上げられた。線
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