。内に居る、身狹乳母《ムサノチオモ》・桃花鳥野乳母《ツキヌノマヽ》・波田坂上《ハタノサカノヘノ》刀自、皆故知らぬ喜びの不安から、歎息し續けてゐた。時々伺ひに出る中臣[#(ノ)]志斐嫗《シヒノオムナ》・三上水凝刀自女《ミカミノミヅゴリノトジメ》なども、來る毎、目を見合せて、ほうつとした顏をする。どうしよう、と相談するやうな人たちではない。皆無言で、自分等の力の及ばぬ所まで來た、姫の魂の成長にあきれて、目をみはるばかりなのだ。
[#ここから1字下げ]
才《ザエ》を習ふなと言ふなら、まだ聞きも知らぬこと、教へて賜《タモ》れ。
[#ここで字下げ終わり]
素直な郎女の求めも、姥たちにとつては、骨を刺しとほされるやうな痛さであつた。
[#ここから1字下げ]
何を仰せられまする。以前から、何一つお教へなど申したことがおざりませうか。目下《メシタ》の者が、目上のお方さまに、お教へ申すと言ふやうな考へは、神樣がお聞き屆けになりません。教へる者は目上、ならふ者は目下、と此が、神の代からの掟でおざりまする。
[#ここで字下げ終わり]
志斐[#(ノ)]嫗《オムナ》の負け色を救ふ爲に、身狹乳母《ムサノチオモ》も
前へ 次へ
全157ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング