時だつたのである。
姫は唯、山を見てゐた。依然として山の底に、ある俤を觀じ入つてゐるのである。寺奴《ヤツコ》は、二|言《コト》とは問ひかけなかつた。一晩のさすらひでやつれては居ても、服裝から見てすぐ、どうした身分の人か位の判斷は、つかぬ筈はなかつた。又暫らくして、四五人の跫音が、びた/″\と岡へ上つて來た。年のいつたのや、若い僧たちが、ばら/″\と走つて、塔のやらひの外まで來た。
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こゝまで出て御座れ。そこは、男でも這入るところではない。女人《ニヨニン》は、とつとゝ出てお行きなされ。
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姫は、やつと氣がついた。さうして、人とあらそはぬ癖をつけられた貴族の家の子は、重い足を引きながら、竹垣の傍まで來た。
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見れば、奈良のお方さうなが、どうして、そんな處にいらつしやる。
それに又、どうして、こゝまでお出でだつた。伴の人も連れずに――。
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口々に問うた。男たちは、咎める口とは別に、心はめい/\、貴い女性をいたはる氣持ちになつて居た。
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山ををがみに……。
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