かに、薄暗くなつて居る。目をあげて見る蔀窓《シトミド》の外には、しと/\と――音がしたゝつて居るではないか。姫は立つて、手づから簾をあげて見た。雨。
苑の青菜が濡れ、土が黒ずみ、やがては瓦屋にも、音が立つて來た。
姫は、立つても坐《ヰ》ても居られぬ、焦躁に悶えた。併し日は、益々暗くなり、夕暮れに次いで、夜が來た。
茫然として、姫はすわつて居る。人聲も、雨音も、荒れ模樣に加《クハヽ》つて來た風の響きも、もう、姫は聞かなかつた。
七
南家の郎女の神隱《カミカク》しに遭つたのは、其夜であつた。家人は、翌朝空が霽れ、山々がなごりなく見えわたる時まで、氣がつかずに居た。
横佩墻内《ヨコハキカキツ》に住む限りの者は、男も、女も、上《ウハ》の空になつて、洛中洛外を馳せ求めた。さうした奔《ハシ》り人《ビト》の多く見出される場處と言ふ場處は、殘りなく搜された。春日山の奧へ入つたものは、伊賀境までも踏み込んだ。高圓山の墓原も、佐紀の沼地・雜木原も、又は、南は山村《ヤマムラ》、北は奈良山、泉川の見える處まで馳せ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて、戻る者も戻る者も、皆|空《カラ
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