、だが、其親しみ故だけではなかつた。
[#ここから1字下げ]
郎女《イラツメ》さま。
[#ここで字下げ終わり]
緘默《シヾマ》を破つて、却てもの寂しい、乾聲《カラゴヱ》が響いた。
[#ここから1字下げ]
郎女は、御存じおざるまい。でも、聽いて見る氣はおありかえ。お生れなさらぬ前の世からのことを。それを知つた姥でおざるがや。
[#ここで字下げ終わり]
一旦、口がほぐれると、老女は止めどなく、喋り出した。姫は、この姥の顏に見知りのある氣のした訣を、悟りはじめて居た。藤原|南家《ナンケ》にも、常々、此年よりとおなじやうな媼《オムナ》が、出入りして居た。郎女たちの居る女部屋《ヲンナベヤ》までも、何時もづか/″\這入つて來て、憚りなく古物語りを語つた、あの中臣志斐媼《ナカトミノシヒノオムナ》――。あれと、おなじ表情をして居る。其も、尤であつた。志斐[#(ノ)]老女が、藤氏《トウシ》の語部《カタリベ》の一人であるやうに、此も亦、この當麻《タギマ》の村の舊族、當麻[#(ノ)]眞人《マヒト》の「氏《ウヂ》の語部《カタリベ》」、亡び殘りの一人であつたのである。
[#ここから1字下げ]
藤原のお家が、今は
前へ 次へ
全157ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング