ぬぞ――。時に、お身のみ館の郎女《イラツメ》も、そんな育てはしてあるまいな。其では、家《ウチ》の久須麻呂が泣きを見るからの。
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人の惡いからかひ笑みを浮べて、話を無理にでも脇へ釣り出さうと努めるのは、考へるのも切ない胸の中が察せられる。
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兄公殿《アニキドノ》は氏[#(ノ)]上に、身は氏助《ウヂノスケ》と言ふ訣なのぢやが、肝腎齋き姫で、枚岡に居させられる叔母御は、もうよい年ぢや。去年春日祭りに、女使ひで上られた姿を見て、神《カン》さびたものよ、と思うたぞ。今《モ》一代此方から進ぜなかつたら、齋き姫になる娘の多い北家の方がすぐに取つて替つて、氏[#(ノ)]上に据るは。
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兵部大輔にとつても、此はもう[#「もう」に傍点]、他事《ヒトゴト》ではなかつた。おなじ大伴幾流の中から、四代續いて氏[#(ノ)]上職を持ち堪《コタ》へたのも、第一は宮廷の御恩徳もあるが、世の中のよせ[#「よせ」に傍点]が重かつたからである。其には、一番大事な條件として、美しい齋き姫が、後から後と此家に出て、とぎれることがなかつた爲でもある。大伴の家のは
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