り]
家持は、此が多聞天か、と心に問ひかけて居た。だがどうも、さうは思はれぬ。同じ、かたどつて作るなら、とつい[#「つい」に傍点]聯想が逸《ソ》れて行く。八年前、越中[#(ノ)]國から歸つた當座の、世の中の豐かな騷ぎが、思ひ出された。あれからすぐ、大佛|開眼《カイゲン》供養が行はれたのであつた。其時、近々と仰ぎ奉つた尊容、八十種好《ハチジフシユガウ》具足した、と謂はれる其相好が、誰やらに似てゐる、と感じた。其がその時は、どうしても思ひ浮ばずにしまつた。その時の印象が、今ぴつたり、的にあてはまつて來たのである。
かうして對ひあつて居る主人の顏なり、姿なりが、其まゝあの盧遮那《ルサナ》ほとけの俤だ、と言つて、誰が否まう。
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お身も、少し咄したら、えゝではないか。官位《カウブリ》はかうぶり。昔ながらの氏は氏――。なあ、さう思はぬか。紫微中臺の、兵部省のと、位づけるのは、うき世の事だは。家《ウチ》に居る時だけは、やはり神代以來《カミヨイライ》の氏上《ウヂノカミ》づきあひが、えゝ。
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新しい唐の制度の模倣ばかりして、漢土《モロコシ》の才《ザエ》が、や
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