月の光り――。ほつと息をついた。
まるで、潜《カヅ》きする海女《アマ》が二十尋《ハタヒロ》・三十尋《ミソヒロ》の水《ミナ》底から浮び上つて嘯《ウソブ》く樣に、深い息の音で、自身明らかに目が覺めた。
あゝ夢だつた。當麻まで來た夜道の記憶は、まざ/″\と殘つて居るが、こんな苦しさは覺えなかつた。だがやつぱり、をとゝひの道の續きを辿つて居るらしい氣がする。
水の面からさし入る月の光り、さう思うた時は、ずん/″\海面に浮き出て來た。さうして悉く、跡形もない夢だつた。唯、姫の仰ぎ寢る頂板《ツシイタ》に、あゝ、水にさし入つた月。そこに以前のまゝに、幾つも暈《カサ》の疊まつた月輪の形が、搖《ユラ》めいて居る。
[#ここから1字下げ]
なう/\ 阿彌陀ほとけ……。
[#ここで字下げ終わり]
再、口に出た。光りの暈は、今は愈々明りを増して、輪と輪との境の隈々《クマヾヽ》しい處までも見え出した。黒ずんだり、薄暗く見えたりした隈が、次第に凝り初めて、明るい光明の中に、胸・肩・頭・髮、はつきりと形を現《ゲン》じた。白々と袒《ヌ》いだ美しい肌。淨く伏せたまみ[#「まみ」に傍点]が、郎女の寢姿を見おろして居る。か
前へ
次へ
全157ページ中110ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング