年のやうな氣が湧いて來た。
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さやう/\。智慧を持ち初めては、あの欝《イブセ》い女部屋には、ぢつとして居ませぬげな。第一、横佩墻内《ヨコハキカキツ》の――
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此はいけぬ、と思つた。同時に、此|臆《オク》れた氣の出るのが、自分を卑《ヒク》くし、大伴氏を、昔の位置から自ら蹶落す心なのだ、と感じる。
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好《エヽ》、好《エヽ》。遠慮はやめやめ。氏[#(ノ)]上づきあひぢやもの。ほい又出た。おれはまだ、藤原の氏[#(ノ)]上に任ぜられた訣ぢやあ、なかつたつけの。
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瞬間、暗い顏をしたが、直にさつと眉の間から、輝きが出て來た。
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身の女姪《メヒ》が神隱しにあうたあの話か。お身は、あの謎見たいないきさつ[#「いきさつ」に傍点]を、さう解《ト》るかね。ふん。いやおもしろい。女姪の姫も、定めて喜ぶぢやらう。實はこれまで、内々消息を遣して、小あたりにあたつて見た、と言ふ口かね、お身も。
大きに。
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今度は輕い心持ちが、大膽に押勝の話を受けとめた。
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お身さまが經驗《タメシ》ずみぢやで、其で、郎女の才高《ザエダカ》さと、男擇びすることが訣りますな――。
此は――。額《ヒタヒ》ざまに切りつけるぞ――。免せ/\と言ふところぢやが、――あれはの、生れだちから違ふものな。藤原の氏姫ぢやからの。枚岡《ヒラヲカ》の齋《イツ》き姫にあがる宿世《スクセ》を持つて生れた者ゆゑ、人間の男は、彈く、彈く、彈きとばす。近よるまいぞよ。はゝはゝゝ。
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大師は、笑ひをぴたりと止めて、家持の顏を見ながら、きまじめな表情になつた。
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ぢやがどうも――。聽き及んでのことゝ思ふが、家出の前まで、阿彌陀經の千部寫經をして居たと言ふし、樂毅論から、兄の殿の書いた元興寺縁起も、其前に手習ひしたらしいし、まだ/\孝經などは、これぽつち[#「これぽつち」に傍点]の頃に習うた、と言ふし、なか/\の女博士《ヲナゴハカセ》での。楚辭や、小説にうき身をやつす身や、お身は近よれぬはなう。霜月・師走の垣毀雪女《カイコボチヲナゴ》ぢやもの。――どうして、其だけの女子《ヲミナゴ》が、神隱しなどに逢はうかい。
第一、場處が、あの當麻で見つかつたと言
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