《セヰ》だ。其が又、此冴えざえとした月夜を、ほ[#「ほ」に傍点]つとり[#「とり」に傍点]と、暖かく感じさせて居る。
廣い端山《ハヤマ》の群《ムラガ》つた先《サキ》は、白い砂の光る河原だ。目の下遠く續いた、輝く大佩帶《オホオビ》は、石川である。その南北に渉つてゐる長い光りの筋が、北の端で急に廣がつて見えるのは、凡河内《オホシカフチ》の邑のあたりであらう。其へ、山|間《アヒ》を出たばかりの堅鹽《カタシホ》川―大和川―が落ちあつて居るのだ。そこから、乾《イヌヰ》の方へ、光りを照り返す平面が、幾つも列つて見えるのは、日下江《クサカエ》・永瀬江《ナガセエ》・難波江《ナニハエ》などの水面であらう。
寂かな夜である。やがて鷄鳴近い山の姿は、一樣に露に濡れたやうに、しつとりとして靜まつて居る。谷にちら/\する雪のやうな輝きは、目の下の山田谷に多い、小櫻の遲れ咲きである。
一本の路が、眞直に通つてゐる。二上山の男嶽《ヲノカミ》女嶽《メノカミ》の間から、急に降《サガ》つて來るのである。難波《ナニハ》から飛鳥《アスカ》の都への古い間道なので、日によつては、晝は相應な人通りがある。道は白々と廣く、夜目には、
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