、まつくらな空《クウ》をさした。さうして、今一方は、そのまゝ、岩|牀《ドコ》の上を掻き搜つて居る。
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うつそみの人なる我や。明日よりは、二上《フタカミ》山を愛兄弟《イロセ》と思はむ
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誄歌《ナキウタ》が聞えて來たのだ。姉御があきらめないで、も一つつぎ足して、歌つてくれたのだ。其で知つたのは、おれの墓と言ふものが、二上山の上にある、と言ふことだ。
よい姉御だつた。併し、其歌の後で、又おれは、何もわからぬものになつてしまつた。
其から、どれほどたつたのかなあ。どうもよつぽど、長い間だつた氣がする。伊勢の巫女樣、尊い姉御が來てくれたのは、居睡りの夢を醒された感じだつた。其に比べると、今度は深い睡りの後《アト》見たいな氣がする。あの音がしてる。昔の音が――。
手にとるやうだ。目に見るやうだ。心を鎭めて――。鎭めて。でないと、この考へが、復散らかつて行つてしまふ。おれの昔が、あり/\と訣つて來た。だが待てよ。……其にしても一體、こゝに居るおれは、だれなのだ。だれの子なのだ。だれの夫《ツマ》なのだ。其をおれは、忘れてしまつてゐるのだ。
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