、目を凝《コラ》して、何時までも端坐して居た。郎女の心は、其時から愈々澄んだ。併し、極めて寂しくなり勝《マサ》つて行くばかりである。
ゆくりない日が、半年の後に再來て、姫の心を無上《ムシヨウ》の歡喜に引き立てた。其は、同じ年の秋、彼岸|中日《チユウニチ》の夕方であつた。姫は、いつかの春の日のやうに、坐してゐた。朝から、姫の白い額の、故もなくひよめいた[#「ひよめいた」に傍点]長い日の、後《ノチ》である。二上山の峰を包む雲の上に、中秋の日の爛熟した光が、くるめき出したのである。雲は火となり、日は八尺《ハツシヤク》の鏡と燃え、青い響きの吹雪を、吹き捲く嵐――。
雲がきれ、光りのしづまつた山の端は、細く金の外輪を靡かして居た。其時、男嶽・女嶽の峰の間に、あり/\と浮き出た 髮 頭 肩 胸――。姫は又、あの俤を見ることが、出來たのである。
南家の郎女《イラツメ》の幸福な噂が、春風に乘つて來たのは、次の春である。姫は別樣の心躍りを、一月も前から感じて居た。さうして、日を數《ト》り初めて、ちようど、今日と言ふ日。彼岸中日、春分《シユンブン》の空が、朝から晴れて、雲雀は天に翔り過ぎて、歸ることの出來
前へ
次へ
全160ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング