自身、このおれを、忘れてしまつたのだ。
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足の踝《クルブシ》が、膝の膕《ヒツカヾミ》が、腰のつがひ[#「つがひ」に傍点]が、頸のつけ根が、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《コメカミ》が、ぼんの窪が――と、段々上つて來るひよめきの爲に蠢いた。自然に、ほんの偶然強ばつたまゝの膝が、折り屈められた。だが、依然として――常闇《トコヤミ》。
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をゝさうだ。伊勢の國に居られる貴い巫女《ミコ》――おれの姉|御《ゴ》。あのお人が、おれを呼び活けに來てゐる。
姉御。こゝだ。でもおまへさまは、尊い御《オン》神に仕へてゐる人だ。おれのからだに、觸《サハ》つてはならない。そこに居るのだ。ぢつとそこに、蹈み止《トマ》つて居るのだ。――あゝおれは、死んでゐる。死んだ。殺されたのだ……忘れて居た。さうだ。此は、おれの墓だ。
いけない。そこを開《ア》けては。塚の通ひ路の、扉をこじるのはおよし。……よせ。よさないか。姉の馬鹿。
なあんだ。誰も、來ては居なかつたのだな。あゝよかつた。おれのからだが、天日《テンピ》に暴《サラ》されて、見る/\、腐るところだつた。だが、
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