も、當麻路の修覆に召し出された。此お墓の事は、よく知つて居る。ほんの苗木ぢやつた栢《カヘ》が、此ほどの森になつたものな。畏《コハ》かつたぞよ。此墓のみ魂《タマ》が、河内|安宿部《アスカベ》から石|擔《モ》ちに來て居た男に、憑いた時はなう。
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九人は、完全に現《ウツ》し世の庶民の心に、なり還つて居た。山の上は、昔語りするには、あまり寂しいことを忘れて居たのである。時の更け過ぎた事が、彼等の心には、現實にひし/\と、感じられ出したのだらう。
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もう此でよい。戻らうや。
よかろ よかろ。
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皆は、鬘をほどき、杖を棄てた白衣の修道者、と言ふだけの姿《ナリ》になつた。
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だがの。皆も知つてようが、このお塚は、由緒《ユヰシヨ》深《フカ》い、氣のおける處ゆゑ、まう一度、魂ごひをしておくまいか。
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長老《トネ》の語と共に、修道者たちは、再|魂呼《タマヨバ》ひの行《ギヤウ》を初めたのである。
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こう こう こう。
をゝ……。
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異樣な聲を出すものだ、と初めは誰も、自分らの中の一人を疑ひ、其でも變に、おぢけづいた心を持ちかけてゐた。も一度、
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こう こう こう。
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其時、塚穴の深い奧から、冰りきつた、而も今息を吹き返したばかりの聲が、明らかに和したのである。
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をゝう……。
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九人の心は、ばら/″\の九人の心々であつた。からだも亦ちり/″\に、山田谷へ、竹内谷へ、大阪越えへ、又當麻路へ、峰にちぎれた白い雲のやうに、消えてしまつた。
唯疊まつた山と、谷とに響いて、一つの聲ばかりがする。
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をゝう……。
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三
萬法藏院の北の山陰に、昔から小な庵室があつた。昔からと言ふのは、村人がすべてさう信じて居たのである。荒廢すれば繕ひ/\して、人は住まぬ廬《イホリ》に、孔雀明王像が据ゑてあつた。當麻《タギマ》の村人の中には、稀に、此が山田寺である、と言ふものもあつた。さう言ふ人の傳へでは、萬法藏院は、山田寺の荒れて後、飛鳥の宮の仰せを受けてとも言ひ、又御自身の御發起《ゴホツキ》からだと
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