――。
めつさうなこと、仰せられます。
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めつさうな。きまつて、誇張した顏と口との表現で答へることも、此ごろ、この小社會で行はれ出した。何から何まで縛りつけるやうな、身狹乳母《ムサノチオモ》に對する反感も、此ものまね[#「ものまね」に傍点]で幾分、いり合せがつく樣な氣がするのであらう。
其日からもう、若人たちの絲縒りは初まつた。夜は、閨の闇の中で寢る女たちには、稀に男の聲を聞くこともある、奈良の垣内《カキツ》住ひが、戀しかつた。朝になると又、何もかも忘れたやうになつて績《ウ》み貯める。
さうした絲の、六かせ七かせを持つて出て、郎女に見せたのは、其數日後であつた。
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乳母《オモ》よ。この絲は、蝶鳥の翼よりも美しいが、蜘蛛の巣《イ》より弱く見えるがよ――。
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郎女は、久しぶりでにつこりした。勞を犒ふと共に、考への足らぬのを憐むやうである。
刀自は、驚いて姫の詞を堰き止めた。
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なる程、此は脆《サク》過ぎまする。
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女たちは、板屋に戻つても、長く、健やかな喜びを、皆して語つて居た。
全く些《スコ》しの惡意もまじへずに、言ひたいまゝの氣持ちから、
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田居とやらへおりたちたい――、
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を反覆した。
刀自は、若人を呼び集めて、
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もつと、きれぬ絲を作り出さねば、物はない。
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と言つた。女たちの中の一人が、
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それでは、刀自に、何ぞよい御思案が――。
さればの――。
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昔を守ることばかりはいかつい[#「いかつい」に傍点]が、新しいことの考へは唯、尋常《ヨノツネ》の婆の如く、愚かしかつた。
ゆくりない聲が、郎女の口から洩れた。
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この身の考へることが、出來ることか試して見や。
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うま人を輕侮することを、神への忌みとして居た昔人である。だが、かすかな輕《カル》しめに似た氣持ちが、皆の心に動いた。
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夏引きの麻生《ヲフ》の麻《アサ》を績《ウ》むやうに、そして、もつと日ざらしよく、細くこまやかに―。
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郎女は、目に見えぬものゝさとし[#「さとし」に
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