窟などに匿れて、夜は姿も見せない。昼は公然と村に来て、嫁入り先の家の水壺を満たす為に、井《カア》の水を頭に載せて搬んだりする。男は友だちを談《カタラ》うて、花嫁のありかをつき止める為に、顔色も青くなるまで尋ね廻る。若し、三日や四日で見つかると、前々から申し合せてあつたものと見て、二人の間がらは、島人全体から疑はれる事になる。勿論爪弾きをするのだ。長く隠れ了せた程、結構な結婚と見なされる。「内間《ウチマ》まか」と言ひ、職名|外間祝女《ホカマノロ》と言はれて居る人などは、今年七十七八であるが、嫁入りの当時に、七十幾日隠れとほしたと言ふが、此が頂上ださうである。夜、聟が嫁を捉へたとなると、髪束をひつゝかんだり、随分手荒な事をして連れ戻る。女も出来るだけの大声をあげて号泣する。其で村中の人が、どこそこの嫁とりも、とう/\落着したと知る事になるのである。
かうした花嫁の心持ちは、微妙なものであらうから、単に形式一遍に泣くとも見られぬが、ともかく神と人間との間にある女としての身の処置は、かうまでせねば解決がつかなかつたのである。此風を、沖縄全体の中、最近まで行うて居たのは、此島だけである。其にも拘らず、曾て一般に行うたらしい痕跡は、妻覓《ツマヽ》ぎに該当する「とじ・かめゆん」(妻捜す)「とじ・とめゆん」(妻覓る)など言ふ語で、結婚する意を示す事である。
又此島では、十三年に一度新神人の就任式の様なものがある。神人なる資格の有無を試験する事が、同時に就任式の形になるのである。「いざいほふ」と言ふ名称である。同時に、二人の夫を持つて居る様な事がないかを試験するので、七つ橋と言ふ低い橋の上を渡らせる。此貞操試験を経て、神人となると共に、村の女としての完全な資格を持つ訣である。何でもない草原の上の仮橋から落ちて、気絶したり、死んだりする不貞操な女もあると言ふ。此は、巫女が処女のみでなく、人妻をも採用する様になつた時代の形で、沖縄本島でも古くから巫女の二夫に見ゆるを認められなかつた事実のあるのと、根柢は一つである。ところが、内地の昔にも亦、此があつた。東近江の筑摩神社の祭りには、氏人の女は持つた夫の数だけの鍋をかづいて出たと言ふ。伊勢物語にも歌がある程で、名高い事だが、実は一種の「いざいほふ」に過ぎなかつたものと思はれる。鍋一つかぶる女にして、神人たる資格があつたものと思はれる。

     五 女の家

近松翁の「女殺油地獄」の下の巻の書き出しに「三界に家のない女ながら、五月五日のひと夜さを、女の家と言ふぞかし」とある。近古までもあつた五月五日の夜祭りに、男が出払うた後に、女だけ家に残ると言ふ風のあつた暗示を含んで居る語である。
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鳰鳥の 葛飾早稲を贄すとも、彼愛しきを、外《ト》に立てめやも
誰ぞ。此家の戸押ふる。新嘗忌《ニフナミ》に、わが夫を遣りて、斎ふ此戸を
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万葉巻十四に出た東歌である。新嘗の夜の忌みの模様は、おなじ頃のおなじ東の事を伝へた常陸風土記にも見えてゐる。御祖《ミオヤ》の神即、母神が、地に降つて、姉なる、富士に宿を頼むと、今晩は新嘗ですからとにべ[#「にべ」に傍点]もなく断つた。妹筑波に頼むと新嘗の夜だけれど、お母さんだからと言うて、内に入れてもてなした。其から母神の呪咀によつて、富士は一年中雪がふつて、人のもてはやさぬ山となり、筑波は花紅葉によく、諸人の登る事が絶えぬとある。
新嘗の夜は、神と巫女と相共に、米の贄を喰ふ晩で、神事に与らぬ男や家族は、脇に出払うたのである。早稲を煮たお上り物を奉る夜だと言つても、あの人の来て居るのを知つて、表に立たして置かれようか、と言ふ処女なる神人の心持ちを出した民謡である。後のは、亭主を外へ出してやつて、女房一人、神人としての役をとり行うて居る此家の戸を、つき動かすのは誰だ。さては、忍び男だな、と言ふ位の意味である。
神社が祭りを専門に行ふ処と言ふ風になつて、家々の祭りが段々行はれなくなると、家の処女や、主婦が巫女としての為事を忘れて了ふ様になる。其でも徳川の末までは、一時《イツトキ》上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]などゝ言つて、女の神人を、祭りの為に、臨時に民家から択び出す様な風が、方々にあつた事を思へば、神来つて、家々を訪問する夜には、所謂「女の家」が実現せられたのであつた。
沖縄でも、地方々々の祭りの日に、家族は海岸などに出て、女だけが残つて、神に仕へる風が可なり多い。



底本:「折口信夫全集 2」中央公論社
   1995(平成7)年3月10日初版発行
底本の親本:「古代研究 民俗学篇第一」大岡山書店
   1929(昭和4)年4月10日発行
初出:「女性改造 第三巻第九号」
   1924(大正13年)年9
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