」である。此分類は、長い歴史ある、用語例である。物語と言ふ語も、後には歴史・小説など、意義は岐れて來たが、單に會話の意味ではない。此亦古くからある語で、語部の「語りしろ」即敍事詩の事なのである。
語部の曲節に、音樂として、さほどの價値があつたらうとは考へられない。けれども、出發點から遠ざかつて固定を遂げる間に、若干の藝術意識は出て來た事と思はれる。文字や史書が出た爲に、語部が亡びたとは言へない。眞の原因としては、保護者を失うた外的の原因のほかに、藝術的内容が、時代とそぐはないものになつたと言ふ事が考へられる。語部の物語が段々、神殿から世間へ出て來た時代が思はれる。家庭に入つて諷諭詩風な效果を得ようとした事も、推論が出來る。一族の集會に、家の祖先の物語として、血族の間に傳る神祕の記憶や、英邁な生活に對する※[#「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]を新にした場合なども、考へることが出來る。神との關係が一部分だけ截り放されて、藝術としての第一歩が踏み出されるのであつた。書物の記載を信じれば、藤原朝に既に語部が、邑・家・土地から游離して、漂泊伶人としての職業が、分化して居た樣に見える。
落伍した神人は、呪術・祝言其他の方便で、口を養ふ事は出來る。かうして、家職としての存在の價値を認めない、よその邑・國を流浪してゆくとなると、神に對しての敍事詩と言ふ敬虔な念は失はれて、興味を惹く事ばかりを考へる。神事としての墮落は、同時に、藝術としての解放のはじめである。かう言ふ人々が、奈良から平安になつても、幾度となく浮浪人の扱ひは受けないで、田舍わたらひ[#「田舍わたらひ」に傍線]をした事と思ふ。併し、今一方、呪言系統の文藝の側にも、かうした職業の發達して來る種はあるのである。
「神言」に今一つの方面がある。神が時を定めて、邑々に降つて、邑の一年の生産を祝福する語を述べ、家々を訪れて其家人の生命・住宅・生産の祝言を聞かせるのが常である。此は、神の降臨を學ぶ原始的な演劇に過ぎない。
以前、私の考へは、呪言と敍事詩とを全く別な成立を持つものとしての組織を立てゝ居た。其は生産其他を祝福しに來る神の託宣と、下の事實とを關聯させないで居た爲であつた。
生命・生産を祝福する神の語が、生産物に影響を與へると言ふ觀念が、一轉して人間の言語で、祝福しようとする形式をとつて來るのである。
近世まであり、現にありもするほかひ[#「ほかひ」に傍線]・ものよし[#「ものよし」に傍線]・萬歳などは、神降臨の思想と、人のした祝言の變形である。
萬歳の春の初めの祝言は、柱を褒め、庭を讚へ、井戸を讚美する。其讚美の語に、屋敷内の神たちをあやからせ、かまけ[#「かまけ」に傍点]させようと言ふ信仰から出てゐる。單に現状の讚美でない。ほむ[#「ほむ」に傍線]・ほぐ[#「ほぐ」に傍線]と言ふ語は豫祝する意味の語で、未來に對する賞讚である。其語にかぶれて、精靈たちがよい結果を表すものと言ふ考へに立つて居る。言語によつて、精靈を感染させようとする呪術である。其上に言語其物にも精靈の存在して居るものと信じて居た。「言靈《コトダマ》さきはふ」と言ふ語は、言語精靈が能動的に靈力を發揮することを言ふ。言語精靈は、意義どほりの結果を齎すものではあるが、他の精靈を征服するのではない。傳來正しき「神言」の威力と、其詞句の精靈の活動とに信頼すると言ふ二樣の考へが重なつて來て居る樣である。
呪言は古く、よごと[#「よごと」に傍線]と言うた。奈良朝の書物にも、吉事・吉言など書いて居るのは其本義を忘れて、縁起よい詞などゝ言ふに近い内容を持つて來たのであらう。壽詞と書いて居るのは、ほぐ[#「ほぐ」に傍線]の義から宛てたのではなく、長壽を豫祝する「齡言《ヨゴト》」の意味を見せて居るのだ。併し、それよりも更に古くは「穀言《ヨゴト》」の意に感じても居、眞の語原でもあつたらしい。世が「農作の状態」を意味することは、近世にも例がある。古くは穀物をよ[#「よ」に傍線]と言うたのである。即、農産を祝ぐ詞と言ふ考へから出たらしい。
底本:「折口信夫全集 第一卷」中央公論社
1954(昭和29)年10月1日初版発行
1965(昭和40)年11月20日新訂版発行
1972(昭和47)年5月20日新訂再版発行
初出:「日光 第一卷第一號」
1924(大正13)年4月
入力:野口英司
校正:多羅尾伴内
2005年3月17日作成
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