るのですけれども、私の場合はさうではないやうに思ひます。国語の方から民俗学の方に歩み寄つてゐることもあるし、民俗学の方から国語の方に歩み寄つてゐる風なところもあつて、両方から行つてゐる、さう言ふ風です。
どうも我々は、何時も、申したり書いたりすることが、古代に偏し過ぎてゐます。これは自分等の知識の偏りなんです。知識が古代に偏つてをりますから、古代の事だつたら解釈がつき易い。古代の事だつたら、直ぐに豊富に――豊富にと言つては恥しいですけれど、まあ貧弱乍ら豊富に出て来る。又近代の事でもやはり幾らか潤沢にあるんですが、中世の事だと、もうほんの岩間の滴りのやうにしか、浸み出て来ません。一つの研究に対して、どつと押寄せて来る、殺到して来るやうな知識がなければ、本当の研究だとは言ひ得ないですね。かう言ふ材料を集めてみよう、と言ふやうな、まるで、大学を卒業しようとする者が、卒業論文を書いてゐるやうな態度では――今の大学の卒業生達はそんな者ばかりではありませんけれども――生きた研究者の本当の態度ではないのです。一つの研究に対して、色々な材料が集つて来ると言ふのでないと、生きた研究には、本当はならないのだと存じます。これがつまり、過去の文献学者と今日の同じ傾向に居る学者、国語・国文学者との、本当の違ひだと思ひます。
さう言ふ傾向の学者の研究と言ふものは、総べて随筆風に、知識の網羅になつてをります。譬へばらぢお[#「らぢお」に傍線]の話なんか時折聞いて居りますと、――余り適切に例を出す事は人の悪口を言ふ事になりますから、それは避けて、少し変へて申します。――八百屋お七なら八百屋お七の事を綴つた戯曲を論じて見ると言ふと、それに類似した事を、昔からずつと近代迄集めて来て、それに組織をつけて見ます。つけて見る事は見るのですが、自分の組織ですから、それに這入り切れないものがあります。その他に、八百屋お七の狂言に依つてかうであつた、かうでもあつたと、譬へば八百屋お七を瀬川菊之丞がやつた時に、かう言ふ模様の振袖で行つた、それ以後、その着た振袖模様が伝つてゐて、芝居の上でも、それで何時迄も用ゐられてゐる、と言ふやうな事を言ひますが、そんな事を言つて見たつて、それは何にもならない。唯、こんな零細な知識迄も、無視しては研究して居ない、と言ふ事を示してゐるに過ぎない。或は羽衣の、三保の浦の翁と天人との話を研究してゐると、天人の話を幾らでも並べ立てゝ来る。国内にも潤沢にあります。西洋にも白鳥処女伝説と言つて、天人の話は沢山あります。有り余つてをりますが、その他に、色々断片的な知識を添へる事を忘れない。そして琉球の銘苅子まで添へて来る。さう言ふ風な研究法は、本当でないと迄は言へないかも知れないが、さう言ふ態度も昔は一般に認められてをつたのです。けれども、今日ではそれはもう、認められないことでなければならない。つまり、一つの無駄もなしに、一つの論文は生きた有機的な有機体となつて、働かなければならない筈です。話を聞いてゐても、さう言ふ附添へ物は不自然な死んだものが挟まれてゐるやうな気が致します。ですが、我々の知識の程度ではどうしても偏ります。古代の知識の割合に豊なものは、古代に依つて解釈しようとします。近代に豊富な者は近代に依つて解釈しようとします。中世を知つてゐる者は中世に依つて解釈しようとするのであります。併し、それは円満にしたいものです。まあその研究態度に依つて、この研究がいゝか悪いかと言ふ事を判断して貰うて、材料の問題は、その人には殆ど個性となつてゐる、学問の習慣に依つて材料が手に這入るんだから、それは態度のよし悪しではない、と言ふ風に考へて戴かなければなりません。
その場合に、大変都合のいゝ事は、時代として定つた書物の上の国語の外に、時代の一切訣らない――と言ふと語弊があるかも知れませんが――まあ訣らないものが非常に多い。それは、所謂国語として扱はれてはをりませんが、国語であるには違ひない方言と言ふものであります。方言と言ふものは、記録せられた言語の何層倍もあつて、それが生れたり死んだり、又形が変つたりして、生滅してをります。だから方言と言ふものは年代が訣らない。古いとも言へない。或は中世のものとも定められない。同時に古代のものでもあり、中世のものでもある事が出来るのです。だから、方言と言ふものゝ学問に対する本当の価値と言ふものは、未だ未知数なのです。我々の様に補助学科として、方言をば国語学の上に利用する価値と言ふものは、未知数です。未知数だけれども、兎に角思ひ切つてしまふ事が出来ない。事実方言を使つて居ると、続々成績が挙つて来る。さう言ふものがあるから、我々は方言を其処へ利用してくれば、更に材料が殖えて来る訣です。
御承知の通り国学の先輩達も、方言と言ふものゝう
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