うてゐて、而も、念仏踊りと称へて居る。
かうした村田楽の、念仏踊りの古い時代に、念仏聖一派の手で、専門の芸能として行はれたものが、時の好みを逐うて、小唄踊りや、狂言をとり容れ、其が、巫女を主役とする様になると、お国を代表者とする新念仏踊りとなつた。念仏踊りなるが故に、巫女の資格の芸能人も、聖の男踊りの姿に扮することを、序開きの条件とし、其後は、巫女舞ひから、多くの小唄組み踊りを演じた。又狂言には、当世風流の寛濶ぶりをうつして、歌舞妓芸を創作する様になつた。
田楽・念仏の類似点から推した関係は、この様に複雑だが、さて、境界線を画する段になると、現存のものだけについてさへ、判然たる断言を下すことが出来ないのである。まして、近古・近世に亘つては、本質的な差異を鑑別する力が、実感となつては、私には、浮んで来にくい。文学・芸能の複雑な共通点は見えても、これを単純な、別々の元の姿に、還して来る能力には劣つてゐる。

私は、沖縄に二度渡つた。さうして、島の伝承に、実感を催されて、古代日本の姿を見出した喜びを、幾度か論文に書き綴つた。其大部分は、此本に収められてゐる。私のよい同行の友人の中にも、既に、南島研究に執する私の態度に飽いて、忠告と嘲笑とを、交々する人さへある。相違といへば、其間に、私は唯一つ、沖縄語と日本語との本質的な差異を、見出したばかりであつた。文法や語彙の類似にも、内外学者の言語学上の定説ほどの一致はない、といふ事である。二つの国語は、あまりに早く別れて居た。その後発達した特殊な組織が、複雑化した中央日本語との間には、相違があり過ぎる。言語の同系は事実に違ひないが、意外に距離のある事が、私だけには証明出来だして来た。語根の品詞化する方法が、第一に違ふ。殊に親近なるを思はせた用言形式の類似が、実は、分離後の発達であることを示すものだ、と知れた。両者の近代語に、類似したものゝ多いことは、記録・文学や上流用語として、日本語の利用せられたものが、組織等しい文法の中に入りこんで、自由に変化させられたからである。私はかう言ふ風に、日琉分離の時代を、極めて古く考へてゐる。単に、言語の上からばかりで、同族論を主張することを危み出した。
だが、其外の民間伝承、殊に、信仰生活については、我々の古代生活様式の、遺存して居る事を疑ふだけの別化性能の活動は、まだ起らない。本質的同型と、偶発的の一致とを区別してかゝらぬ研究は、根柢において誤りがある。印度や、極北あじあ[#「あじあ」に傍線]の民俗が、比較研究や、発生的論証には役立つても、祖先の古代生活を考へるためには、単に、反省を促す補助資材たるに過ぎない。民俗学の為には、此方法は、必履まれねばならぬ。だが、民俗学の一分科としての民族的民俗学には、第一資料を、比較資料の先に据ゑなければならぬ。私の沖縄研究は、此立ち場から、まだ、古代研究の為の実感を催す力を失うて居ない。

私は、国学院在学中、四年間、朝鮮語を習ひとほした。手ほどきから見て貰うた本田存先生の後は、金沢庄三郎先生の特別な心いれを頂いた。朝鮮語に就いては、相当の自信もあつた。卒業間際になつて、ほんの暫らくではあつたが、外国語学校の蒙古語科の夜学にも通うた。金沢先生の刺戟から、東洋言語の比較よりする国語の研究に、情熱を持つた為であつた。まだお若かつた金田一京助先生には、あいぬ[#「あいぬ」に傍線]文法の手ほどきを承つたが、この方はなぜか、ものにならなかつた。恐らく短期の演習として、過ぎたからであらう。あいぬ[#「あいぬ」に傍線]語の練習を後廻しにしてゐるうちに、外国語に対する私の頑冥な偏僻が、これ等の東洋語の記憶をすら妨げて居る事が、段々訣つて来た。それで、あいぬ[#「あいぬ」に傍線]語までは、手が届かないで了うた。でも、この先生の新鮮な感覚によつて蘇らされたあいぬ[#「あいぬ」に傍線]の文法の講義や、座談には、衝動に堪へぬほど、多くの暗示が籠つてゐた。未開時代の種族・社会に偶発する共通民俗も、あいぬ[#「あいぬ」に傍線]の場合は、東方日本の先住民として、民族的交渉の程度に疑ひのあるだけ、殊に注意は緻密にならないでは居ない。
その頃一方に、律文学の文学史に最、興味を持つてゐた。語部なる部曲については、古史伝以外には、まだ明確な、記述も研究もなかつた。ある時、重野安繹博士の国史綜覧稿の出版に臨んで、何かの意味を持つて催された講演会で、始めて偶像破壊者と謳はれて来てゐた翁の口から、語部の話を聞いた時は、此部曲の職掌について、一点の疑ひもない定説が、発表せられたものだと信じた。其と共に、我が古代社会の指導力としての詩のあつた事を知つて、心躍りを禁ずる事が出来なかつた。かうした興味を持つた私が、先生から、あいぬ[#「あいぬ」に傍線]の詞曲ゆから[#「ゆか
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