の様に見えるが、後世の様に、蚕の守り神と言ふ風に固定しない以前には、確かにさうした時期があつたのであらうと思ふ。
併し此は、又、逆に考へて見る事も出来なくはない。おひら[#「おひら」に傍線]様は、東国に根生《ネバ》えの種を持つて居たのではないかと言ふ事である。其には、宮廷の「大宮《オホミヤ》の※[#「口+羊」、第3水準1−15−1]祭《メマツ》り」が想像に上る。此は疑ひもなく、東国風をうつしたもので、思ふに常陸の笠間の社と関係が深いものらしい。
此祭りの中心になるのは、一つの華蓋《キヌガサ》である。此に様々な物を下げるが、其中心になるものは、男女の姿をした人形《ヒトガタ》であつた。華蓋《キヌガサ》は、祭りのすんだ後には、水に流されるものと思はれるが、此|人形《ヒトガタ》とおひら[#「おひら」に傍線]様、延いてはひな[#「ひな」に傍線]との間に、或関係がないであらうか。併し此とても、単に東国風とは限らず、どこでも、男女二体の人形《ヒトガタ》を作る習慣があつたので、只僅かに、大宮の※[#「口+羊」、第3水準1−15−1]祭りに著しく印象が残つて居た、と言ふに止まるのであるかも知れない。ひな[#「ひな」に傍線]の研究には、此材料の解剖が、大事だと思ふ。或は、かうした風が東国にあつて、後に西から上つて来た神明の人形舞はしと結びついた、と言ふ風な事も考へられぬではない。
更に、おひら[#「おひら」に傍線]様について考へて見たい事は、此は男女一対を、本体と見るべきか否かである。私の考へるところでは、女並びに馬の形をした男性の人形、此二つが揃うて、初めて完全たおひら[#「おひら」に傍線]様になるので、其が偶、一つだけ用ゐられると言ふやうな形も、出来たのだと思はれる。

     十五 おひら[#「おひら」に傍線]様の正体

今日、東北に残つて居るおひら[#「おひら」に傍線]様だけで見ると、必しも、夫婦である事を本体として居る、とは断言出来ない。けれども時には、男を、馬頭を戴いたもの、或は全体馬としたものに配するに、女体のものを以てして居る。そして此をおひら[#「おひら」に傍線]様の普通の形だ、と見て居る処もある。おひら[#「おひら」に傍線]様に関した由来を、其祭文によつて見ると、疑ひもなく、かうした一対のものを原則としたと見てよい。其二つを、祭文を語り乍ら遊ばせたのである。だから時としては、馬頭だけを離しても、又女体の方だけを離しても、おひら[#「おひら」に傍線]様と考へる事が出来たのである。図――博物館所蔵のもの――のおひら[#「おひら」に傍線]様の如きは、蚕神である馬頭がなくなつて、殆普通の立ちびな[#「びな」に傍線]の形に近づいて居る。これと、図の三河びな[#「びな」に傍線]・薩摩びな[#「びな」に傍線]をくらべて見ると、形に於ては、非常に変化がある様だが、後者は、けづりかけ[#「けづりかけ」に傍線]に紙或はきれ[#「きれ」に傍線]を以て掩うたものである事が、明らかであると同時に、前者との間にも、形式上通じた所のあるのが見える。此から考へると、此等のものは毎年、年中行事として、一度棄てたものに相違ない。さうして其が、毎年捨てられる代りに、新らしい布帛を掩ふ事によつて、元に戻つた事を示す形のおひら[#「おひら」に傍線]様が、出来たのではあるまいか。かうして、棄てられるおひら[#「おひら」に傍線]様以外に、神明巫女の手によつて、常に保存せられる強力なおひら[#「おひら」に傍線]様が、専らおひら[#「おひら」に傍線]様として信ぜられる様になつたと考へて見る事が出来る。このおひら[#「おひら」に傍線]様は、其巫女の信仰形式の変るに従つて、姿をあらためてくる事もあつたに相違ない。譬へば、熊野の巫女が、仏教式に傾いた場合には、遊ばすべき人形《ヒトガタ》の代りに、仏像を以てする様になつた事もあつた、と考へてよさゝうだ。図――武蔵国西多摩郡霞村字今井吉田兼吉氏所蔵のもの――に見えてゐるおしら[#「おしら」に傍線]様の如きは、馬と女体とを備へた仏像であるが故に、おひら[#「おひら」に傍線]様の要素を備へたものと見て、或部分の巫女の間に、信仰の行はれた事があつたのであらう。
[#「武蔵西多摩のおひら様 撮影・村上静文氏」のキャプション付きの写真(fig18396_01.png)入る]
[#「おひら様(帝室博物館蔵) 小田内通久氏写生」のキャプション付きの図(fig18396_02.png)入る]
[#「薩摩雛(帝室博物館蔵)」のキャプション付きの写真(fig18396_03.png)入る]
[#「三河雛(帝室博物館蔵)」のキャプション付きの写真(fig18396_04.png)入る]
私は、ひゝな[#「ひゝな」に傍線]の家と称するものは、或家のひな[#「
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